伯爵夫妻の甘い秘めごと 政略結婚ですが、猫かわいがりされてます
オーガストは右腕をソファの背もたれの部分に乗せ、一度ため息をつく。
「貴族の子息が年頃になれば王家に挨拶に行くのは知っているだろう? 父と一緒に出向き、正規の跡継ぎであると認めてもらうんだ。こんな辺境地での暮らしだから、僕はあまりこの屋敷から出たことがなかった。だから、『まじないや薬のことを口にしてはいけない』と父から口を酸っぱくして言われたにもかかわらず、同じく挨拶に来た青年におかしなことを口走ってしまったようなんだ」
おかしなこと。それはおそらく魔法のことなのだろう。それがあって当然だった青年には、何がおかしかったのかもわかっていなかったかもしれない。
「その彼は、貴族将校の息子だったらしいんだよね。後日、武装した将校の一団が屋敷にやって来た。『魔女狩りだ』と叫んでね。……問答無用だったよ。取次の執事に切りつけたかと思うと、屋敷に踏み込んできて、使用人も、猫も、手当たり次第に斬殺し始めたんだ」
「そんな……」
想像するだけでぞっとする。この屋敷が、そんな血塗られた過去を持っているなんて。
ドロシアが青ざめたのを見て、オーガストは優しく肩を抱いた。
「ごめん、怖いよね」
「怖いです。……でも聞かせてください。オーガスト様のことですもの」
震える声で言ったと同時に、肩を抱く手には力がこもった。ドロシアも、固く握られたオーガストの左手に手を重ねる。