Innocent -イノセント-
「ダメだよ響ちゃん!! そんな人、早く忘れなきゃ!! 響ちゃんは結婚してるんだよ!?」



ショック症状を突き破って説得を試みるあたしに、響ちゃんはフッ、と柔らかく笑った。



「その人も、もう結婚して幸せに暮らしてる」



その笑みに、その言葉に、ちょっとだけ胸を撫でおろす。



「なんだ、そっか。もし、その人と再会したらどうなっちゃうんだろうって、凄く慌てちゃったじゃん。余計な心配しちゃったじゃん!!」



最悪の状態は免れたと、安心したのがまずかった。



「逢っちまったら……か」



物思いに耽る響ちゃんを止めもせずに、カラカラになった喉を優先して、イチゴミルクなんぞに手を伸ばしたのがまずかった。



「もう一度その女に逢っちまったら……」



何とも言えない間で喋り続ける響ちゃん。

そのせいで、手の平にじんわりと汗が滲む。

何か嫌な予感がして……。

とてつもない驚き発言を、三度(みたび)訊かされるような気がして……。

その予感に震える手は、グラスを置くことも出来やしない。


だから、止めて!!

響ちゃん、あたしの手を見て!!

今のあたしは、こうしてグラスを持ってるのが精一杯なんだよ!?

もう何も言わないから、だから響ちゃんも正直になり過ぎないで!!

渇いた喉からは声が出てはこないけど、心の中で必死に叫んでるの分かるでしょ?

優しい響ちゃんなら、そんなあたしに気付いてくれるでしょう?


そう信じていたのに……。



「抱いちまうかもな」



放たれた驚き発言は、爆弾ほどの驚異的威力で。

限界がきた手は、ゆるゆると力が抜ける。


じんわりと滲んだ手の平から、スルスルと滑り落ちた水滴まみれのグラスは……、

まるで、あたしの心臓が受けた衝撃を表わすように、ガシャンと派手な音を立てて割れ散らばった。
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