Innocent -イノセント-
暫く続いた沈黙。
それを破ったのは、響ちゃんだった。
「七海には、刺激が強すぎたか? ほら、これ飲んでちょっとは落ち着け」
黙りこくるあたしに、響ちゃんがイチゴミルクのグラスを押し出してくる。
どうやら、自分の発言に問題があったのだと少しは気付いたらしい。
でも、今更だし。
今更、こんなもので落ち着くはずがない。
落ち着けるはずもない。
しかも、刺激じゃなくて、衝撃だし……。
そんなことも分からない響ちゃんは、煙草の煙に目を細めて、あたしの睨みにまでも気付かない。
気付かないから文句の一つでも言ってやりたいのに、喉の渇きがそれを邪魔をする。
今の響ちゃんの言うことなんて訊いてあげたくないのに。
あたしの知らない響ちゃんの、言われるがままになんてなりたくないのに。
カラカラの喉には勝てず飲みこんだイチゴミルクの味は、もう甘いのかさえ分からなかった。
「そんな睨むなって。可愛い顔が台無しになる」
煙草をもみ消した響ちゃんは、飲みながらも睨み続けたあたしに漸く気付いたらしいけど、
"元ホスト" だって思わせるわざとらしい発言に、あたしの睨みが止まるはずもなかった。
寧ろ、あまりの嘘臭さに、今まで見てきた響ちゃんは幻だったに違いないと思えてくる。
「おまえが怒るのも無理ないけど、自分の想いに嘘つけなかった。それだけ良い女だったんだ……ごめんな?」
こういう時こそ嘘をつけば良いと思う。
"元ホスト" なら、それくらい容易いはずじゃないかと思う。
バカ正直に "良い女だった" なんて訊かされた後に謝られたって、許せるはずがない。
全てを打ち明けるのが、必ずしも誠実な訳じゃなくて、隠した方が良い事だってきっとある。
胸にしまったままの方が優しさだって時も絶対にある。
なのに、傷つく人がいるのにも構わず、本音を漏らす響ちゃんは、何だかとても不誠実に思えた。
そんな女心も分からない響ちゃんが "元ホスト" だったなんて、訊いて呆れる。