Innocent -イノセント-
「だから、何でもした」



あたしの答えを待つでもなく、そう漏らした響ちゃんの顔には翳(かげ)りが見えて、



「七海になんて、ぜってぇ訊かせらんねぇこと、沢山した。母親の顔がチラついても振り払って、何でもな」



低く掠れた声は、懺悔でもしているように苦しそうだった。

それでも話続ける響ちゃんに、あたしは何も言わないで良かったと思った。

同意なんて軽々しくしなくて良かったと思った。

きっと響ちゃんは苦しんできたこともあったんだと、その表情から垣間見える。

そんな響ちゃんに何か言ってあげられるほど、あたしは大人じゃないし、その場凌(しの)ぎで響ちゃんに同意してみたところで、それは偽りでしかない。

夜の世界なんて怖くてズルくて、あたしには否定したいだけのものでしかないけれど。

嫌悪する世界の住人だった響ちゃんに、責めたくなる気持ちは燻(くすぶ)ってはいるけれど。

でも、今はただ……、

何も言えないあたしは、否定したい夜の世界を語る響ちゃんの話に、黙って耳を傾けるしかなかった。



「足を引っ張られんなら、先に蹴落としゃあいい。
金がものを言う世界なら、どんどん巻き上がれてやれ、騙されんのが悪りぃんだってな。
手段選ばず上を目指して、入店3か月足らずでNo.2」


「…………」


「けど、そこからが難しい。てっぺんがどうしても取れない」


「…………」


「そんな時だ。一華と出逢ったのは」



いよいよ本題に突入するんだと、唾をゴクンと飲む。

夜の怖い話を訊くより、よっぽど一華さんの話を訊く方が怖いと思うあたしは、自然と握った拳に力を込めていた。

そんな身構えるあたしに構わず、響ちゃんは話し続けた。


そりゃもう丁寧過ぎるほど、人が黙ってるのをいいことに熱く語り続けた。
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