Innocent -イノセント-
「七海、一華はそんな女じゃない」
低い声ではあるけれど、さっきみたいに人を脅かすようなものじゃない。
ただ、怒りを鎮めながら話そうとするからこそ、低音になっているように感じられた。
「一華は、そんな女じゃねぇんだ」
二度も同じ言葉を繰り返し、あたしを納得させようとする響ちゃん。
だけど、そんなんで納得するはずもなく、怯みを見せない眼差しを向けるあたしに、響ちゃんは諦めもせずに言葉を紡いでいく。
「不潔でもなければ、おまえが思うような如何わしい営業スタイルも、一華は一切してない」
「じゃあ、なんで "枕" とかって理解出来ちゃうわけ?」
「それは、そう言う営業スタイルが、夜の世界じゃ昔から存在してたからだ。それを否定するつもりはねぇってだけの話だ」
「はぁ?」
「だからと言って、一華はそんなやり方はしなかった、絶対に」
「ふん、そんなの分かんないじゃん!! 響ちゃんが知らないだけじゃないの? だって、響ちゃんのこと庇ったんでしょ?」
「それは違う。一華は俺を庇ったわけじゃねぇんだよ」
怯まない眼差しに、疑いまで上乗せして響ちゃんを見る。
そんなあたしから、響ちゃんが一瞬だけ目を反らしたのは、また煙草に火を点けたからだった。
「俺も言われたんだよ。ヘルプがいなくなった後に」
溜息を乗せるように白煙を一筋に吐き出した響ちゃんは、あたしの疑いを晴らすべく、真相を語っていく。
「今夜こそは決めてやるって思ってた俺は、女が喜ぶようなセリフを並べた後で言われた。
私と寝てまでナンバーワンを取りたいのかって。だから正直に答えた。なりてぇって。一華に力を貸して欲しいって。そしたらアイツ……」
「……」
「穏やかに笑いながら俺に訊くんだ。そんな価値が俺の何処にあるんだって」
煙を吸ったり吐いたりする響ちゃんが、自嘲気味に笑った。