Innocent -イノセント-
「生温くなっちまったな」
そう声を掛けられ目を開ければ、時間が経ち過ぎて温くなったイチゴミルクを下げられて、新たにジンジャーエールの入ったグラスが差し出された。
「こっちの方がスッキリすんだろ」
気泡を眺めるだけのあたしに、呑気にもそんな事を言う響ちゃんは、さっさと店の準備を始める。
絞ったオレンジをピッチャーに移して冷蔵庫に閉まって、あたしの場所だけを避けてカウンターを磨いて……。
いつもと変わらない様子で、響ちゃんは店内をキビキビと動き回っている。
どうやら、話すだけ話して、スッキリしたのは響ちゃんの方らしい。
ジンジャーエールなんかで、気分が変わるはずもないあたしとは違う。
一度住み着いたモヤモヤ感を消せないあたしとは、全く違う。
でも、どうにかあたしの機嫌を直そうとしているのだけは分かる。
どんよりと分かりやすく落ち込むあたしのテンションを、少しでも上げるためにジンジャーエールも出したんだと思う。
それがハッキリ分かったのは、響ちゃんが一段落して腕時計に目をやった時だった。
『さっさと帰れとでも言いたいの?』
視線だけで語るあたしに、響ちゃんは苦笑しながら言った。
「望がもう直ぐ来る」
「えっ? 此処に?」
「アイツ、今夜出掛ける予定があんだよ。その前に寄るって言ってたから、もう直ぐ来る頃だと思う」
だから、ノンちゃんの手前、こんな落ち込んでいられちゃ困るってことらしい。
更には、ついさっきまで語られてた話も言うんじゃないぞ、っていう、姑息な考えも見え隠れしていると思う。
だったら、何であんな話をしたの?
って、怒りを乗せた目で抗議をしようとした時。
ドアの向こう側で、エレベータがこの階に停まる音が耳に入って、
響ちゃんに向けるはずの視線をドアへと向ければ……、
「あ、七海~。遊びに来てたんだ~」
響ちゃんが言った通り、大好きなノンちゃんが顔を出し、あたしは最大限に丸くした目を慌てて反らした。