Innocent -イノセント-

「大丈夫ですよ、いらっしゃいませ」



ノンちゃんの腰に回していた手を素早く離し、お客さんを招き入れる響ちゃん。


ノンちゃんも、


「いらっしゃいませ」


って、お客さんに笑顔を見せると、カウンターから出て、あたしの方へと近づいてくる。



「七海、一緒に駅まで行こうか?」



ノンちゃんの促しに素直に頷いたあたしは、口をつけなかったジンジャーエールを残したまま、椅子から飛び下りた。


その途端、



「わぁー、その制服懐かしいっ!!」



店内に明るい声が響いた。

その主は、カウンター席に腰を落ち着かせたお客さんで、



「私も、そこ通ってたんだよねぇ」



あたしの制服を見て学校を特定したらしいそのお客さんは、あたしの学校の卒業生らしい。


お客さんでもあるし先輩ならばと、ペコリと頭を下げながらも、頭の片隅で思っていた。



この客は響ちゃん狙いなのかと……。



その証拠に、頭を下げたあたしに、ニッコリと嫌味のない笑顔を返してはくれたものの、



「初々しかった当時の私を、マスターにも見せてあげたかったなぁ。あまりの可愛さに見惚れちゃうかもよ?」



視線はとっくに響ちゃん一筋に向けられ、弾む声を隠そうともしない。

黙っていれば綺麗な部類に入るだろうに、勿体ないと思う。

見た目より大雑把な性格なのか、アハハって豪快に笑うのは、あまりにも勿体ないと思う。

何より、



「今でも充分、可愛らしいと思いますけどね」



平気な顔してこんな台詞を簡単に言えちゃう元ホストに、笑顔を振り撒くのは勿体なさ過ぎると思う。



「うわーっ、私の周りにいる男連中に訊かせてやりたい台詞だわ」



喜ぶお客さんの前に、笑顔で生ビールを置く響ちゃんを見て、冷めた視線を一つ溢すと、



「ノンちゃん行こっ」


「うん。ごゆっくりしてらして下さいね」



柔らかな笑みで、お客さんに声を掛けるノンちゃんの腕を掴んで店を出た。
< 38 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop