Innocent -イノセント-
「大丈夫ですよ、いらっしゃいませ」
ノンちゃんの腰に回していた手を素早く離し、お客さんを招き入れる響ちゃん。
ノンちゃんも、
「いらっしゃいませ」
って、お客さんに笑顔を見せると、カウンターから出て、あたしの方へと近づいてくる。
「七海、一緒に駅まで行こうか?」
ノンちゃんの促しに素直に頷いたあたしは、口をつけなかったジンジャーエールを残したまま、椅子から飛び下りた。
その途端、
「わぁー、その制服懐かしいっ!!」
店内に明るい声が響いた。
その主は、カウンター席に腰を落ち着かせたお客さんで、
「私も、そこ通ってたんだよねぇ」
あたしの制服を見て学校を特定したらしいそのお客さんは、あたしの学校の卒業生らしい。
お客さんでもあるし先輩ならばと、ペコリと頭を下げながらも、頭の片隅で思っていた。
この客は響ちゃん狙いなのかと……。
その証拠に、頭を下げたあたしに、ニッコリと嫌味のない笑顔を返してはくれたものの、
「初々しかった当時の私を、マスターにも見せてあげたかったなぁ。あまりの可愛さに見惚れちゃうかもよ?」
視線はとっくに響ちゃん一筋に向けられ、弾む声を隠そうともしない。
黙っていれば綺麗な部類に入るだろうに、勿体ないと思う。
見た目より大雑把な性格なのか、アハハって豪快に笑うのは、あまりにも勿体ないと思う。
何より、
「今でも充分、可愛らしいと思いますけどね」
平気な顔してこんな台詞を簡単に言えちゃう元ホストに、笑顔を振り撒くのは勿体なさ過ぎると思う。
「うわーっ、私の周りにいる男連中に訊かせてやりたい台詞だわ」
喜ぶお客さんの前に、笑顔で生ビールを置く響ちゃんを見て、冷めた視線を一つ溢すと、
「ノンちゃん行こっ」
「うん。ごゆっくりしてらして下さいね」
柔らかな笑みで、お客さんに声を掛けるノンちゃんの腕を掴んで店を出た。