Innocent -イノセント-
……とは、告げ口するわけにもいかず、



「そうじゃないけど、でも……」



口籠(ごも)りながら、言葉を続けた。



「お客さんに、あんなこと平気で言えちゃうし、なんかヤだなって思って。
あのお客さんだって響ちゃんをお気に入りみたいだし、勘違いしちゃうかもでしょ?」



頬を膨らませながら、言える精一杯の言葉で最低限に響ちゃんを非難する。

なのに、ノンちゃんは余裕の笑みをあたしに見せた。



「今のお客様は、響に変な期待なんて寄せてないと思うなぁ。寧ろ、男勝りのさっぱりした感じの方じゃないかなぁ。それが分かるから、響も気兼ねなくあんな風に返せるのよ?」



ノンちゃんの目には、そう映るのだろうか。



「そうかなぁ……」



納得いかずに呟くと同時にエレベーターが地上へと下り着き、外へと踏み出す。


夜になっても尚、湿気を含んだ暑い外気は、胸に宿ったモヤモヤと同じくらいに気持ちが悪い。

そんな外の空気をものともせず、駅へと向かって涼しげな顔で歩くノンちゃんは、幾人もの視線を寄せ集めてるのにも気付かず、口を開いた。



「響のこと、嫌いにならないでくれると嬉しいなぁ。七海に嫌われたら、絶対響は悲しむもの」


「……」


そうだろうか……。

ノンちゃんの言う通りなら、あんな話をあたしにするだろうか。



「もし、響が何かを言ったんだとしても……。それは響なりの考えがあってこそだと思うの。
響は不器用だから誤解を受ける事も多いけど、根はとっても愛情深い人だから、可愛がってる七海を無暗に傷つけたりなんかしないわ、絶対に」



告げ口なんかしていないのに、目は口ほどにものを言うのか、響ちゃんが何かを言ったんだと察したらしいノンちゃん。

しかも、迂闊にも首を傾げじっとりと横流しにしたあたしの視線は、更に口以上の働きを見せたらしく、



「それは私が保証する」



疑いの心情をあっさり見透かされる。
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