Innocent -イノセント-
「この歳だぞ。傷ついたり傷つけたり、そんな恋愛の一つ経験しててもおかしくないだろ」
さも当たり前のように言う。
「……まるで、自分が傷ついたことがあるような言い方だね」
「……まるで、俺が傷ついたこともない冷酷男のような言い方だな」
「…………」
「…………」
「じゃあ、あるの?」
グラスを磨き終え、煙草を取り出し一息つくらしい響ちゃんに訊いてみる。
「響ちゃんも人並みに傷ついたことあるの? もしかして、失恋なんかもしちゃったりしたの?」
カキーンと、耳に響く音が広がる。
デュポンライターってヤツだ。
音を鳴らして蓋を開けたデュポンに火を点した響ちゃんは、指に挟んだ煙草を口に咥え、顔を斜に構えて火を点けた。
煙草の先端がジュワっと朱色に染まると同時に、またデュポンの蓋を閉める音が響く。
響く余韻に、白い煙を吐き出す吐息が交じり、
「……ある」
天に向かってゆるゆると上る煙を見つめた響ちゃんは、そうポツリ答えた。
「あ、ある? あるって、響ちゃんが傷ついたことあるって言うの!? し、失恋もしちゃったって言うの!?」
煙が目に沁みたのか、はたまた、あまりの驚きに身を乗り出したあたしに、若干引き気味になったのか。
恐らく後者であろう響ちゃんは、目を細めて
「あぁ」
何度訊いてもあたしを驚かせる答えを言う。