その笑顔が見たい
紗江は場所を変えようとしたが「いや、ここで」と止める。
いつもと違う雰囲気が伝わったのか、紗江の顔もこわばった。
「話があるんだ」
「…」
「…もう、こうして会うことはできない」
もっとオブラートに包めばいいものをはっきりと意思表示する。
きちんと別れるような言葉を言ったことなんて今までにない。
のらりくらりとかわしていると、たいがい、女性が去って行ったんだから。
でも今はのらりくらりとしちゃいられないんだ。
葉月を自分のものにしたくて仕方ないんだから。
しばらく黙ったままテーブルに置いた自分の手をみつめていた紗江が顔を上げる。
じっと俺の顔を見て優しく微笑んだ。
「…わかりました」
「…ごめん、中途半端なことして」
「…ううん」
自分が先に席を立つことをためらい、紗江が立ち上がるまで待っていた。
沈黙のまま五分ほど過ぎただろうか。
「それじゃ、行きますね」と紗江が席を立った。
単純な俺はホッとした顔を見せていたのかもしれない。
これで葉月ときちんと向き合えると口元が緩んでいたはずだ。
「またね」と小さく呟いた紗江の声は俺の耳に届かなかった。