その笑顔が見たい
時刻は午後七時。人の行き来はまだ多い。
人の往来を避けて壁に寄りかかりながらスマホをいじる。
葉月がまだ仕事中だということを考慮してメールを送る。
簡単に「今、下にいる」とだけ送信した。
今までこんな風に女を待ち伏せなんてしたことはない。
こんな効率が悪い待ち合わせは無駄だと思っていた。
でも今はその気持ちがわかる。
いつ来るかわからない相手を思いながら待つ時間はソワソワするし楽しい。
まだ既読にならないメール。葉月はいつメールに気がつくだろう。
エレベーターがエントランスに到着する音が鳴った時、なんとなく顔を上げてそちらの方を向く。
エレベーターから降りてきたのはスーツを着た葉月と、自分には無い大人の自信と色気を兼ね備えた男性だった。
体に合った濃いグレーのスーツは上質な素材を使用しているのだろう。
短く刈った髪の毛は乱れ一つなく整えらえている。
二人を見た途端、死角に隠れた。
誰だ?
ちょうど人がまばらでエントランスで反響した葉月の声が聞こえてきた。
「社長、家にワインはありますか?」
「あー、どうかな?」
「なら、買って帰りましょ」
スーツに似合う化粧とふんわりと巻いた柔らかく揺れる毛先。
調理場での姿とは別人の葉月が急に遠い人に見える。
社長と呼ばれた男性が葉月をエスコートして待っていた車に乗せて走り去った。
声もかけられず、その車が見えなくなるのをぼんやりと見ていた。