その笑顔が見たい

葉月たちが去って、しばらく呆然としていた。
現実に戻るとこの場所に居たくなくて、すぐに立ち去る。
葉月へ送ったメールを取り消したい気分のまま、来た道を戻る。
さっき浮き足立って降り立った地下鉄が暗いただのトンネルに見えてしまう。

電車に揺られ、まっすぐマンションへと向かう。
途中、昨日葉月と入ったコンビニへ立ち寄る。
食欲はない。
ビールとつまみを買って帰宅した。

マンションに着くとスーツのポケットからスマホを取り出してローテーブルに放り出す。
着信のランプが点滅していることに気がつき、慌ててメールアプリを起動した。

「下って会社の下?もう会社から出ちゃった、ごめんね」

見てたよ、しっかりな。
返事をしないまま、スマホを再び放り投げた。

ネクタイを緩め、スラックスも脱がないでビールを開ける。
聡が話していた社長って、あの人のことだろうな。
葉月が辛い時、助けてくれた人。いつも側で支えてくれた、信頼している人か。

ふと紗江の気持ちも何も考えず、もう会えないと自分の気持ちだけを告げたことを思い出す。
タイミングが違ったら変わっただろうか?
もっと早く葉月に再会していたら、葉月があの社長を頼る前に俺が助けられていたら…

「ふ、タラレバばかりじゃないか」

自分の考えが不甲斐ないことが情けなくて、いつもよりビールを数本多く煽っていた。

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