その笑顔が見たい
「それでは先生、お世話になりました」
訪れたK大学病院の担当医師に前任の主任が頭を下げた。
「今後とも宜しくお願いします」
続いて俺も深々とお辞儀をする。
会議室の扉が閉まり、主任が「ふー、俺、あの人苦手だったな」と愚痴を漏らす。
今言うことじゃないだろうと思いながらも自分も緊張の糸をほどいた。
この主任と担当エリアを回っていて感じたことが一つ。
今までダメ営業をして来たと気付かされた。
担当医との信頼関係も築かれていないし、どう言う訳か好意的な感触がない。
この人、何してたんだよ。
異動になる前に一緒に仕事をしていた上司、柳(やなぎ)さんと回っていた時は一切ないアウェイな雰囲気が疲労感をますます増幅させる。
担当エリアの引き継ぎ挨拶は今日で二日目。
一日何度も名刺交換をしていた。
相手の顔と名前を覚えるのに必死で、ロビーの椅子に座り、今、もらったばかりの名刺の裏に担当医の特徴を書く。
「メガネ、キツネ目、白髪、細身」
カバンを台にし、サササッと走り書きをする僕を立ったまま側で見ている主任がバカにするように笑った。
「優等生はこうして出来るんだな」
「何がですか?」
「いや、真面目だなと思って。本性はわからないけど」
褒めてるのか皮肉っているのか。
「本性って人聞き悪いですね」