その笑顔が見たい
「このままじゃ、あの可愛い葉月が錆びちゃうと思って、佐川さんに助けてもらったの」
葉月は黙っまま運ばれて来た料理に箸をつける。
“錆びている葉月”という円香さんの言葉をあえてツッコミを入れずに続ける話に耳を傾ける。
「当時は佐川さんが今の派遣会社の社長だったの。私もそこに勤めていて、社長の恋人の特権として無条件で葉月を働かせてもらったんだ。なのにこの人、条件つけたのよ。高校は通信教育でいいから卒業しろって」
それは葉月のことを思ってのことだろう。
さっき頂いた佐川さんの名刺には『SAGAWA WORK 』というグループ会社の社長という肩書きだった。
「ちなみに今は派遣会社の社長は…」
他にも”社長”がいるのか?
その人がもしかしたら葉月の?
「はい!はい!私!」
円香さん は元気よく手を挙げた。
「え?円香さんが社長?」
「何よー、文句あるの?」
なぜかファイティングポーズを向けてくる。
「いや、聡が…聡に会った時、派遣会社の社長にすごくお世話になっている葉月が社長と幸せになってほしいというからてっきり結婚でもするのかと思い込んでしまってました」
「あっ」
葉月が箸を止めて俺の顔を見た。
「それは…」
いたずらを見つかった時のように言いづらそうにしている。
「それは?」
真相が聞きたいけれど、自分のショックを受ける答えだったら?
祈るような気持ちで葉月の答えを待つ。
「あのね、聡は付き合って長い彼女がいるの。その彼女から結婚の相談を受けた時があって、
聡が私より先に結婚はできないって言って結婚したがらないと。そんなの気にしないでって言っても聡が言うこと聞かないから円香に相談したのね」
それだけ言うと今度は円香さんが得意げに話す。
「仕事先の社長とうまくいってるからって言ってやれ!と私が入れ知恵しました」
私たちうまくやってるもんねーと葉月に同意を求めてる。
葉月も「ねっ!」と可愛く返事をしていた。
嘘はついていない。聡が勝手に勘違いしているだけだ。