その笑顔が見たい
「そうだったんですか、良かった」
思わず出る本音。
「良かったねぇー」
円香さんがジト目で見て来たのをスルーする。
居心地が悪かったのかタイミングが良かったのか葉月は「化粧室に」と逃げ出した。
個室の襖が閉まり、葉月の足音が消えた頃、二人に聞きたいことを正直に話してもらいたくて口を開く。
「葉月を救ってくれてありがとうございます」
テーブルにつきそうな勢いで頭をさげる。
「やだ、翔太くん」
さっきまでふざけていた円香さんがあたふたとする。
頭をなかなか上げなかった僕を見て涙ぐんだ。
「まだ子供だった俺には何もできなくて」
それが悔しくて辛かった。
「わかってる」
それに答えてくれたのは佐川さんだった。
一呼吸置いて、二人に質問した。
「葉月がお二人と出会う前、何をしていたのか教えてください」
葉月が化粧室から戻って来るまで短い時間だろう。
それを悟ったかのように佐川さんが「うむ」と頷いて簡潔に説明してくれた。
出会った時は決して優良とは言えないお店でキャバクラ嬢として働いていた。
経験もない、世間知らずの若い女の子が簡単に売り上げを伸ばすなんてできない。
やめないのは昼間にバイトしていたコンビニの時給に比べたら破格だったから。
それでも親の借金には程遠い金額。
売り上げを伸ばしたいと思った葉月が同僚に相談すると「体で営業すること」を教えられた。
この説明をし始めた時、円香さんが「それは…」と佐川さんを止めたけれど、「これから、はづを支えていくなら全て知って覚悟してほしい」と言って話を続けた。
葉月は、同僚からそれを聞いても「体で営業すること」だけはしなかったが、人間というのは環境で麻痺する感覚がある。同僚の売り上げがどんどん上がっていくのに、葉月だけは一定のまま。借金返済の焦りと、周りに感化されていた。葉月を気に入っていた常連客に誘われてとうとう葉月も「営業」をしてしまったという話だった。
俺は黙ったまま聞いていた。ショックだった。葉月が…。