その笑顔が見たい
「お、来たな」
その高校生に向けられた言葉なのに、聞き覚えのある声に後ろを勢いよく振り返る。
俺の動きに反応し、こちらを見た声の主と目が合った。
「さと、し?」
それは十年前に俺の前から突然姿を消した聡だった。
疑問形になったのは、あの頃よりも背がさらに伸びていて、顔つきに幼さがなくなったせいか、自分よりも年上に見えたから。
しかし幼い頃にずっと一緒にいた人間を間違えるはずがない。聡は夢でも見ているかのように目をパチパチと瞬かせている。
固まったまま俺らの意識を引き戻してくれたのは、車椅子の彼だった。
「原先生?知り合いっすか?」
その言葉に我に返った聡。
「・・・え、あ・・・うん。翔太、翔太か?!」
こんなに驚いている聡を初めてみる。
その驚きはすぐにあの頃に見たことのある人好きのする笑顔に変わっていた。
しかし名字が違う。確かに車椅子の彼は「原先生」と呼んだ。
「原、先生?」
聡に向かって「原」も「先生」も言い慣れなくて戸惑う。
「ああ、そっか」
聡は少し考えてすぐに気がついたようだ。
「これ、おふくろの旧姓。あの後、両親が離婚して」
「離婚、したの?」
驚いた。
おじさんもおばさんも仲が良かったように見えていたし、どこよりも仲睦まじい四人家族だった。
そこにいつも僕がいたのだから間違いない。
おじさんとおばさんが離婚していたなんて驚くしかなかった。
「まぁな。いろいろと話せば長いんだよ。しかし!本当に翔太なんだなー」
そういうと僕の肩を抱いて、わさわさと振った。
十年も離れていたのに、あっという間に俺らの距離は縮まる。
当時は再会したら一発殴ろうと思っていた。
しかし数年が経ち、再会することはもうないと諦めた時から、どこかで元気に暮らしていればいいと思うようになった。
だから目の前にいる聡を見て、安堵と嬉しさと寂しさとが入り混じった妙な気分になる。