その笑顔が見たい
「親父の人の良さを罵ったし、泣いてばっかりのおふくろをしっかりしてくれと叱責もした。ただ葉月だけは静かに現実を受け入れていたよ。歳も離れていないのに大人だった」
葉月と聞いて心臓がドキンと音を立てる。
「葉月はさ、親父を一人にしたくないっておふくろとじいちゃんの反対を押し切って親父と一緒に出て行った」
それは想像もしていない事実だった。
「葉月とは、一緒に暮らしてなかったの?」
「うん」と小さくうなづいた聡を見ながら、一瞬にして葉月の苦労した日々を思い浮かべ目の前が真っ暗になる。
聡の歪んだ笑顔がそれを物語ってる気がして余計に切なくなった。
「俺はじいちゃんが不自由なく育ててくれたんだ。大学には行かずに就職しようとしたんだけど、みんなが反対して。おふくろよりじいちゃんより誰よりも大学に行けって強く勧めたのは葉月だった。」
「連絡は取れてたの?」
「うん、最初の一年は生活の基盤を作るために、ほとんど連絡がなかった。親父は今までの仕事以外に仕事を増やして働きづめになっていたらしい。こっちも生活環境を整えるのに精一杯で。落ち着いた頃、定期的に電話があった。葉月は、あのまま高校はやめて働いていた」
「葉月、学校、辞めてたのか?」
唖然とした。
あの夜、受験勉強で疲れてたなんて嘘じゃないか。
もう、学校を辞めるって決めていたんだ。
「俺はさ、そのまま高校卒業して葉月や親の言う通り大学に入った。そしたら楽しくなっちゃってさ、葉月が置かれている状況を見て見ぬ振りするようになったんだよな。情けないだろ?育ててくれているじいちゃんに遠慮したのもあるけど、親父や葉月に申し訳なく思うようになってて、自分から連絡はあまりしなかった。罪悪感みたいなものなのかな。だから二人とはしばらく疎遠になってた。家族もさ、一度離れて暮らすと生活のリズムが変わって噛み合わなくなるんだな」
「おじさんや葉月からは連絡来なかったの?」
「おふくろにはしてたみたい。その時に俺の様子も聞いてたのかあえて俺には連絡して来なかった。でも就職を考える時期になった頃、無性に葉月に会いたくなってさ、俺、迷うと葉月になんでも聞いてもらってただろ。あ、翔太もか」
急に会話の中に俺を参加させて来たのでドキッとする。
そうだった、いつだって俺らの頼りは葉月だったんだ。