その笑顔が見たい
「ところでさ、S医院のあのお嬢さん、お前に公衆の面前で告白して来た子いるだろ。永井さんだっけ?彼女とどうなってんの?」
「えっ?」
どうしていきなり紗江の話になるのだろうか?
「どうなってるとは?」
「ああ、S医院ではちょっとした噂だったから」
「はっ?」
「あの子、ほら、俺も含めてみんなの前でお前に告白したから周知の通りだろ。有る事無い事、噂になってるぞ」
「ああ」
「またつまみ食いしたのか?」
「柳さん、人聞きが悪いこと言わないでくださいよ」
「あまり、やんちゃするなよ」
「わかってます」
紗江は二度、三度会っているうちに最初の印象と変わって来ている。
もっと大人しくて従順なタイプと見誤った気がしてならない。
初めて二人で会ったその日に、積極的に体を求めて来た。
今までのだらしない俺は、据え膳食わぬは男の恥という言葉が頭をよぎり、そのままありがたく頂いた。
その時はまだ聡にも再会しておらず、食堂の彼女も全く認識がなかった。
しかし、今は聡と再会し食堂の「本木葉月」さんの存在が大きく心を占めている。
心変わりと言われれば仕方ない。
でもそういうのとは少し違う。
葉月のことは忘れたことなんてなかったのだから。
この時の柳さんからの忠告を俺はきちんと心に止めておくべきだった。
葉月のことでいっぱいになった俺の心は、紗江のことをどんどん後回しにしてしまった。