添い寝は日替わり交代制!?

「私は中島さんに心地よく過ごして欲しいです。
 自分もこの方が心地よく過ごせますし。」

 私ってなんてひどいんだろう。
 しらふなんだろうなぁって気が重かった。

 佐々木課長はこんなにも私のことを考えてくれているのに。

 下げてしまった視線を上げて佐々木課長の目を見て口を開いた。

「あの!名前呼びしませんか?」

「……はい?」

 思い切って言った言葉に心春は赤くなり、佐々木課長は面食らった顔をした。

 恥ずかしい提案だけど、私だって頑張らなくちゃ。

「あの……陽菜に、友達に言われたんです。
 佐々木課長は酔っ払うっていうスィッチで柔和になるんだろうって。」

「はぁ。まぁそうかもしれませんね。」

「だから酔わなくてもマンションに帰ったらお互いに名前で呼び合うことをスィッチにしたらいいんじゃないかって。」

 うわー。
 なんか馬鹿げた提案な気がして来た。
 そんなことで変われたら苦労しないよね。

 また俯いた心春に佐々木課長が近づいて来たのが分かった。

 そのまま不意に伸びて来た手が心春の髪に触れ、少しだけつかんだ髪に指を滑らせた。
 まるで大切なものを扱うように優しく。

 その仕草にドキドキと鼓動が早くなる。

「ありがとうございます。
 まさか中島さんにそんなに考えていただけていたなんて。」

「だって……。その……。
 酔った方が佐々木課長も心地よく過ごせるって言ってもらえましたけど、酔わなくても心地よく過ごせたらそっちの方がいいと思いますし。」

「………そうですね。分かりました。
 では私の名前は貴也です。
 中島さんは……。」

「心春です。」

 まさか佐々木課長にOKもらえるなんて。

 本当にそれで変われるかなんて分からないのに。
 馬鹿にしたりしない佐々木課長に心底頭が下がる思いだった。

「では心春さんでよろしいですか?」

 不意打ちの『心春さん』は心臓がひっくり返りそうだ。

「あの、年下ですし、心春で大丈夫です。
 私は貴也さんでよろしいですか?」

 貴也さんなんて!
 かっこよくて整った顔立ちの佐々木課長にものすごく似合っていて、余計にドキドキする。

 質問しているのに返事がない佐々木課長に不安を感じてもう一度質問を重ねる。

「あの……嫌でしたら他の呼び名でも……。」

 ハッとした佐々木課長が目を細めて優しく微笑んだ。

「いえ。名前で呼ばれるなど久しくて純粋に喜びを噛みしめておりました。
 中島さんは心春さんが嫌でしたらなんと?
 呼び捨ては出来れば避けたいです。」

 うわー。
 そんなこと言われて貴也さんなんて呼びづらいかも。
 恥ずかしくて、どうしよう。

 『心春さん』って恐れ多いけど、他にって……。

「……こはちゃんはどうでしょう。
 馴れ馴れしいですか?」

 佐々木課長の口から出た『こはちゃん』が可愛くて思わずときめいてしまった。

「こはちゃんって小さな頃に好きだった子に呼ばれたくらいしか記憶が……。」

「じゃそれにしましょう。
 いい記憶の呼び名なら尚いいでしょう。」

 そ、そういうものなのかな。

「では、さっそく。こはちゃん。
 もちろん夕食はまだですよね?
 お風呂はご飯の前派ですか?
 後派ですか?」

 ちょっと待って。
 佐々木課長……改め貴也さん(キャー!)は私の奥さんみたいですけど。

 しかも自然過ぎる『こはちゃん』に心臓が壊れそう。

「わ、私、居候させてもらうのに、何もしてないんじゃここにいられません!」

 驚いた顔をした佐々木課長……改め貴也さんが柔らかい顔をする。

「何をおっしゃってるんですか。
 私の要望で住んでもらって、添い寝までしてもらうんです。
 その他のことくらい……。」

「だ、だめです!
 後でちゃんと話し合いたいです!!」

 こういうことは最初が肝心だ。
 うやむやにしない方がいい。

 特に私はうやむやにしちゃったら、ずっと言えなくなっちゃいそうだ。

「分かりました。
 とりあえずお風呂へ行ってください。
 まだ夕食には早いですし。」

「あの!私が今日は夕食を……。」

「それはお気持ちだけいただいておきます。
 準備はしてありますから、あとでお手伝いしていただけると助かります。」

 また手伝いだけ。
 それでいいのかな。

「こはちゃんお風呂へ行ってください。
 こはちゃん………。
 可愛い呼び名ですね。」

 破壊力絶大な笑顔で言われて、名前呼びなんて提案した自分がちょっとだけ憎らしい。

 だってこんなとろけそうな貴也さんといて、こはちゃんなんて呼ばれて生きた心地がしない。ドキドキし過ぎて。

 とりあえずお風呂へ行くことにした。
 酔っていても貴也さんは言い出したら聞かない性格なのだと悟った。
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