新宿ゴールデン街に潜む悪魔

出合い

5年前、離婚が成立した日、村岡はバー「ロンソン」で響と知り合った。
響の他の客は団体で来ているらしく、会話に入れそうになかったので、左隣りに座る響に話しかけることにした。

「ほんで、ヒビちゃんは仕事なにしてんの?」

「今は無職ですね。ニートっていますか」

「じゃあ貧乏生活かいな?」

「いや、ぶっちゃけそうでもないです。母が他界して、ひとりっ子の俺に遺産が入りましたから」

「お父さんは?」

「とっくの昔に亡くなりました」

「そーかいな。でも金あるんやったらこの辺で飲んだくれても大丈夫やな」

「そうですね。あ、一杯ご馳走しますよ」

「えーんかいな?ありがとう。いただくわ」

村岡は遠慮することなくジャックダニエルのロックを注文した。
そのジャックを飲みながら

「助かるわー。最近転職してんけど、まだ軌道に乗ってなくてなー。安月給やねん」

と嘆く。

「村さんは何のお仕事されてるんですか?」

響が聞き返す。

「笑うで。探偵や」

「ええ?初めて出会いました。面白そうですね。やっぱりまるっと事件を解決したりするんですか?」

「それは推理小説の読みすぎやで。ほとんどが浮気の調査や」

実は響はこの答えを予想していた。この世に警察を差し置いて事件を推理し、見事に犯人を暴いて解決に導く探偵などいない。

しかし響はそれでも探偵というものに魅力を感じた。尾行や盗撮の技術は犯人探しの役に立ってくれるかもしれない。



村岡は感じていた。なにかこの響という男には覇気がある。オーラとでもいうか。柔和な髭面の奥に秘めたる何かがあるように思う。人見知りしない性格と論理的な思考も魅力だった。

その後二人は格闘技の話で盛り上がった。二人ともプロレスが好きで、学生の頃は武道をやっていた。村岡が柔道で響が空手だった。偶然にも二人とも3段の黒帯。柔道にしても空手にしても。初段は誰でも比較的簡単に取れる。しかし三段はそう簡単に取れるものではない。どちらもかなりの熟練者であることは明白である。

「ヒビちゃん今度異種格闘技戦でもしよか」

「いいですね。1発いいのが入れば俺の勝ち、捕まったら村さんの勝ちですね」

「あはは。冗談や。えー大人は喧嘩なんてせーへん」

「同感です」

「どや?もう一件行こか。次は一杯俺が奢るわ」

「お、行きましょうか。俺もまだ飲み足りないです」

「おばちゃんがやってる『マッチ』っていう店やねんけどな、潰れそうな店やねん。ちょっとでも貢献したろかな思てな」

二人は勘定をして「マッチ」に向かった。


< 14 / 35 >

この作品をシェア

pagetop