新宿ゴールデン街に潜む悪魔

受け継ぐ

香はゴールデン街の外れにある、バー「マッチ」でまったりと一人で飲んでいた。

マッチのオーナー兼マスターは齢80の「リカママ」と呼ばれる老婆である。彼女は年齢のせいもあるが、客に話しかけるということをあまりしない。
香はそこを気に入っていた。物思いにふけるにはちょうどいい。

マッチはここ数年売り上げが落ちていた。今日も客は香一人だ。バイトも雇うのを止め、リカママ一人でやっている。大丈夫なのかと香は思う。

突然肋骨がズキッとした。さっきマッチに来る前にニット帽を被った大きな男とぶつかったのだ。こっちがすみませんと謝っているにも関わらず男は無視して足早に去っていった。あの時あばらにヒビでもはいったのかもしれない。

ムカつくなー。一発後頭部でも殴ってやればよかった。

そんなことを考えている時に店に二人の男が入って来た。

「リカママ久しぶり!今日はゲスト連れてきたで!」

関西弁の男が言う。

もう一人は、ヒビちゃんだ。

「ヒビちゃん!二日ぶり!この人は?」

「あ、香ちゃん。こちらは村岡さん。探偵さんなんだ」

「へー、探偵かー。なんか凄いね」

「なんや?二人知りあいかいな?」

「そうですね。まあこの前知り合ったばかりなんですけど」

「早速ゴールデン街に友達が増えてきたんだねー。この街は来れば来るほど友達が増えるんだよ。小さい街だしね」

「そうみたいだね。狭い店で隣に座ると仲良くなりやすい」

「そうそう。それがゴールデン街の醍醐味だよ」

「自分名前なんてゆーん?」

「あ、香です」

「香ちゃんかー。昔の彼女にも香っておったなー。あ、俺は村岡や。村さん呼んでや。よろしく」

「よろしくお願いします村さん」

「この店よく来んの?」

「たまに」

「俺もや。じゃー遅かれ早かれ知り合ったんやろな」

そこから3人は朝まで飲んだ。宇宙人はいるのかというバカな話から「宇宙とは、生命とは何か」というえらく壮大な話にまで及んだ。

響が写真を取り出す。

「この人知りませんよね?」

「誰やそれ?」

「ちょっと探してるんですけど」

「人探しかー。俺は知らんなー」

香は何か引っ掛かった。なんだろう。

そうだ、さっきのぶつかってきた男に似ている。

「あのー、さっきさ、村さんよりでっかい人とぶつかったんだけどそいつかも。違うかもしれないけど」

響は驚いた。ダメ元で見せたがそんな偶然があるのか。やはりこいつはこの街にいる。


4時を過ぎそろそろ帰ろうかとした時、リカママが口を開いた。

「あのね…今月でこの店閉めちゃおうかと思って。赤字なんだよねずっと」

「ええ?私は気に入ってたのに…」

「ほんまやで。リカママまだまだいけるでー。可愛いバイトの子雇ったりしてやなー」

「そんな気力もなくなっちゃった。もう誰かに売ろうかなと思って」

リカママが項垂れる。

「ほんまかー、寂しなるなー」

暫くの静寂。


その静寂を破ったのは響だった。

「買います。僕が。売って下さい」








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