新宿ゴールデン街に潜む悪魔

ラブホテル

「やだー、まだ会って間もないじゃーん」

恐怖を感じながらも香は酔っぱらいを演じる。
荻野は何も言わない。

「今日は帰ろうよー!今度ね今度」

引っ張る力が更に増す。香は全く抵抗できない。
この男はいつでもこんな風に女を無理矢理連れて行くのか。

「助けて!」

そう言ってみたが、相手が大男だからか皆見て見ぬふりをする。それ以前に平日なので人通りはまばらである。

「声を出すな」

小さくて冷たい声。
香は畏縮する。

それでも香は助けを呼ぼうと息を吸い込んだ。その瞬間顎に強い衝撃が走る。香は右フックをくらい気絶した。



気がつくとそこはピンク色の部屋だった。ふかふかのベッドに寝ている。なんで?と香は一瞬思った。が、すぐに全てを思い出した。

自分の衣服を確認する。特に乱れている様子はない。
パンツもはいている。

「別にヤっちゃいねーよ」

例の冷たい声がする。
荻野は椅子に座っていた。

「お前みたいなのには興味ねーんだ。ただなんか怪しいと思ってな」

荻野は大きな鞄からiPadを取り出す。メモの画面を開く。そしてもう一度鞄に手を入れ黒い物を取り出した。

拳銃だった。

香が息を飲む。
無音の部屋にゴクリという音が響く。

「身分証を出せ」

香は従う他ない。免許証を出す。
荻野は名前と住所をメモに打ち込む。

「電話番号を言え」

嘘の番号を言おうかと考えたが確認されたら終わりだ。
正直に言う。

「じゃー次は、お前の実家に電話して親に住所を言わせろ」

親!それだけは嫌だった。親を巻き込むなんてことは
したくない。だが、躊躇う香に

「早くしろ」

と言って拳銃を突きつける。
金属のヒヤッとした感覚。本物を見たことはないが、その重みと荻野の表情を見て、本物だと確信する。


香は実家に電話をかけた。「出ないでくれ!」と祈ったが、それも虚しく母はワンコールで出た

「香ー?久しぶりじゃない!元気なの?」

「殺されそうだ」そう言いたかったが言える訳はない。

「じ、実家の住所なんだっけ?ド忘れしちゃってさ」

「あんたそんなことあるー?若年性アルツハイマーなんじゃないの?」

母は笑いながら住所を言ってしまった。荻野がiPadにメモる。そして彼は自分が有名指定暴力団の幹部であることを囁き

「つまんねー殺しはしねー。だが、もしこれからも舐めたマネしやがったら、親を殺す」

そう言って二万円をテーブルに置いた。

「お代だ。15分後にここを出て帰れ」

荻野はiPadと拳銃を鞄に入れ、部屋から出ていった。
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