たとえこの身が焼かれてもお前を愛す
しばしの沈黙の後、憲法裁判所長官エグムントが「ゴホン」と咳払いをし重い口を開いた。

「エルンスト殿。グレーテはともかく、主犯が皇帝陛下でも処断出来ませんぞ」


言われなくても分かっている。エルンストは苦虫を噛み潰したような顔になる。


皇帝は神聖不可侵。なんびとたりとも処断など出来ようはずがなかった。

恐らく皇帝の裏でうごめくゲルフェルトも。
皇帝はゲルフェルトの傀儡の王になってしまったらしい。

エルンストは法治国家で生きたことはないが、もしこの国が法治国家であれば。
そう思いたかった。

理不尽と分かっていても、どうにも出来ない自分に腹が立っていた。


これが俺の守ってきた世界なのか?

その握りこぶしは固く震えていた。


「閣下っ!」

ファーレンハイトに呼ばれてアメリーを見ると自分の首筋に爪をたて白目をむいている。うっすらと血も流れていた。

「医者を呼べっ!!」

「はっ!」

ファーレンハイトはすぐに医者を呼んで戻ってきた。


医者は動かなくなったアメリーをしばらく観察していたが、「恐らく水銀中毒だと思います」そう告げた。

「水銀の致死量が0.2~0.4gと言われていますが、肌に触れたか、気化した水銀を大量に吸い込んだか」
アメリーの脈を測り医者は首を振った。

「死んだのか」エルンストはつぶやく。

先刻『助けてやる』と言ったところで所詮詭弁だ。皇妃暗殺を企てた人間を生かしておくはずがない。

フィーアの言った通り、無知が招いた結果だ。

あきらめて冥界への水先案内人、カロンの元へ行け。

エルンストは同情の念などないとばかりに、アメリーを侮蔑の表情で見つめた。
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