たとえこの身が焼かれてもお前を愛す
フィーアが脱衣所で控えている時だった。


「おい」ふいに掛けられた声。


ドキン。フィーアの心臓が跳ねると緊張が全身に走る。


「おい」もう一度声がかかる。


「は、はいっ」湯殿の扉を開け、フィーアは浴室に足を踏み入れる。


もわもわと立ち上る湯気で視界が曇る。
恐々とエルンストの元へ歩み寄る。


彼は腰にタオルを巻いて、大理石に座っていた。


「背中を流せ」

「か、かしこまりました」渡された海綿を受け取ると、ゆっくりと背中を洗い始める。

細身のわりには筋肉質でがっしりとした背中や腕には、所々に小さな傷があった。
過去の戦闘でのものだろうか。


背中を滑る海綿の動きはぎこちない。

落ち着かなければ。頭で分かっているものの、体が反応してくれない。

今だ手の震えが止まらなかった。

こんな事では何かあったとき自分の身を守れない。

フィーアは自分を落ち着かせる為に、目をつぶってゆっくりと息を吐き出した。


なのに「あっ」おさまらない手の震えで海綿を手から落としてしまった。


「申し訳ございません」急いでそれを拾いあげようとしたとき、
その手にエルンストの手が重なった。



「震えているのか?」


「.......」無言で重なった手を見つめる。


フィーアがもう一方の手で隠していたナイフに手を延ばそうとした時だった。
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