戯言
食卓用の小さいテーブルを2人で向かい合わせに座り、重苦しい沈黙の中で俺は背筋をピンと伸ばす。

「どう言う意味。」
「だから、貴方の愛は重いのです。」

意味のわからない事を、かしこまった口ぶりで言う彼女が不気味で、俺を馬鹿にしているのかとイライラが止まらなかった。

「重いのはお前の方だろ。」

思いの外、低い声がでた自分に驚きを隠せなかったが、ここまで言ったからには全部さらけ出すしかなかった。

「俺が、浮気してたのだって気づいてただろう。それなのに、怒りもせず、毎日ニコニコしているお前が正直、不気味で怖かったよ。何考えているのかも分からないし、急に変な事言い出すし。最低だってことは分かってる。
分かってるけど悪いがお前には、もう何も感じないんだ。一度好きになった人に何も感じなくなるなんて最低だって、悲しいことだって分かってるんだ。
そんな状況でずっと別れを切り出してこなかった俺が悪い。だから、」

「そこだよ。貴方の愛は、罪は、重いんだよ。」

今まで聞いたことのないような低い声で、言葉を遮られた。

「貴方が私を重いと感じるように、私も貴方が重いんだよ。全部知ってたよ。貴方のことは、全部。
こんな事になるのなら、私になんの愛情もときめきも感じなくなった時に捨ててくれればよかったのに。
毎朝早起きして、朝ごはん作って、貴方を送り出して、掃除して、洗濯して、お昼ご飯食べて、夕方まで1人で過ごして、夕飯作って、その夕飯を1人で食べて、朝方にしか帰ってこない貴方を待てるだけ待って、1人で寝るの。私の毎日、規則的でなんだかロボット見たい。貴方の家政婦みたい。」

涙をこらえながら言う彼女に、苦しいような、悲しいような表しきれない感情が湧いた。彼女に対してこんな感情が湧いたのは久しぶりだった。

「貴方が好きよ。愛してるよ。でもね、振ってくれた方が、別れた方が楽なんじゃないかって思っちゃうの。貴方が契約した愛はわたしを縛るの。形だけでも、私たちはまだ付き合っているの。愛がなくても愛し合っているように見えるの。そんな状況を作ったのは貴方でしょう?
私は精一杯貴方を愛していたわ。でも、帰ってこない貴方を、返ってこない愛を待ってるほど馬鹿馬鹿しいことってないじゃない。
ねえ、好きよ。でも今の貴方には何も感じないのかも。貴方が私になんの感情もわかないのと同じように。
貴方の見せ掛けだけの愛に私もしがみ付いていたんだもの。私たちって馬鹿だね。惨めな共犯者だね。」


俺は自分が馬鹿だと確信した。
この状況の居心地の悪さに甘えていたんだ。愛してない彼女の居心地の悪さに甘えていたんだ。
彼女は愛している俺に自由を奪われ縛られながらも愛に甘えていたんだ。
2人共、心のどこかに居心地の悪さと苦痛と虚無感を抱えながらそれに気づかぬふりをして日々を送ってきたんだ。
俺が早く関係を終わらせばよかったのか。彼女が不自由に耐えられなくなる前に終わらせばよかったのか。


所詮、他人だ。価値観が違う。思い通りに動かないのが人間だ。馬鹿な生き物だ。そんな馬鹿さ加減に気づいた俺たちは少しは賢くなれたのだろうか。

「別れようか」
「うん……うん、そうだね。」

目の前で声を噛み殺しながら泣いている彼女に近づき肩を抱き寄せ手をそっと握った。

惨めな2人だった。

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