こゝろ
「ねえ、撫子。隣に佐久間さんが埋まってるの?」
私は撫子に近づいて、声をかけました。撫子は驚いたのか、パッと振り返り、私との距離を取りました。
「どうしたの?」
「い、いや……音もなく背後に近づいてきたから、びっくりしちゃった。」
ここで私は撫子の心境が何となく読めました。
私が考えるに、撫子は動揺していたのです。人を殺したことに。人間ですから当然だと思います。人を殺してしまったら、怖いのです。恐怖なのです。
その恐怖を夜の暗さと不気味に光る月明りが助けて、撫子の動揺を生んでいたのです。そして、撫子はこの恐怖と一生付き合うことになるのです。
それはそれで、贖罪としては充分かなとも思いました。でも、日野撫子という人間は女なのです。女は恋愛をする時、過去の男を上書きしていくものだと何かの恋愛小説で読んだことがあります。
きっと、この先の人生で、撫子の罪は、他の嬉しいことや楽しいことで上書きされてしまうのです。それは、贖罪にはなりません。
だから、殺すのです。私は、撫子を、殺すのです。