こゝろ
撫子の笑顔がいつもと違いました。冷徹で、黒目がちで、トロンと、死んだ魚のような目をしていました。
「あははっ……。冗談、冗談……。」
冗談に聞こえませんでした。そして、どこまでが冗談なのか、わかりませんでした。でも、殺すというのだけは冗談のようで、撫子は私の腕を離して、私から離れ、私は解放されました。
「ねえ、お腹空かない?」
この言葉で、私は撫子が動揺していることを知りました。
「……空かないよ。空くわけない。だって、私たち、マフィン食べたから……。」
「ああ、そういえばそうだったね。忘れてた……。」
まあ、確かにマフィンのような少量のものを中途半端に食べると、余計にお腹が空くことはあります。でも、食べてすぐ「物足りない。」ならわかりますが、「お腹が空いた。」というのは、違う気がします。
だから、撫子は小説のセリフのやりとりのように、描写という沈黙を避けるため、物語を先に進めるために、「お腹が空いた。」と言ったのです。