彼と私の優先順位
そのままタクシーに乗って帰らないの、と尋ねる私に。

慧は、溜め息混じりに私を横目で睨んで言った。



「恐い思いをした大事な彼女を一人で帰らせるわけないだろ。
いい加減に気づけ」

その言葉に私の頬がまた熱をもつ。

小さくありがとう、と伝えた私の頭をポンと軽く撫でて、慧は私の手をひいてマンションのエントランスを通り抜ける。



いつもの自分のマンションが何だか違う場所のように思えて。

尋常じゃないくらいの鼓動が私の身体を揺らす。

エレベーターに乗り込んで、廊下の突き当たりにある部屋に向かって歩き出す。

夜遅い時間のせいか廊下に人影はない。

震えそうな手で鍵を開けながら、エントランスをくぐってから短い時間に考えていたことを口にする。



「……あの、上がって、いく?」

今更ながら緊張して、声が上ずる。



そう。

私と慧は一線を越えたことがない。

そんな私をクスッと微笑みながら見つめる慧。



「今日は遅いし、帰るよ。
……結奈が恐くて一人で眠れないって言うなら一緒にいるけど?
遠慮なく結奈をもらうよ?」

ボンッと分かりやすいくらいに赤くなった私に。

「……冗談。
結奈の部屋に興味はすごくあるけど、今日は止めとく。
結奈がニヶ月経って俺を本当に選んでくれたときに部屋に入れて?」

一瞬で真剣な表情になった慧は私の顎に長い指をかける。

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