彼と私の優先順位
「お疲れ様です。
珍しいですね、紬木先輩がここにいらっしゃるなんて」

「……お疲れ様。
残高検査だから」

私は小さな声で返事をする。



今は溝口さんと他愛ない世間話に興じる余裕はなかった。

むしろ話したくなかった。



私はまた、作業を再開した。

溝口さんは金庫室の廊下に並んでいるキャビネットから備品類を取り出していた。



「紬木先輩。
慧くんと別れるつもりですか?」

溝口さんの言葉が突然、耳に飛び込んできた。

思わず手を止めて、溝口さんを見る。

溝口さんは私が見たことのない表情を浮かべていた。

怒っているような……気分を害しているような、それでいて居心地の悪そうなそんな表情だった。



「……どうして?」

「どうしてって、あんな風に逃げ帰ったからですよ」

当たり前じゃないですか、と私を睨みながら溝口さんは言った。

いつもと雰囲気の違う溝口さんに私は戸惑っていた。

あんな風に、というのは間違いなくこの間の週末のことだろう。



「……溝口さんに関係ないでしょう」

努めて冷静に私は告げる。

それでなくても、私の神経は今、イッパイイッパイなのだ。

溝口さんと対峙するほど精神力に余裕はない。

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