彼と私の優先順位
付き合い始めて数日経ったある日。

移動教室から戻って来ると、教室の前に慧が立っていた。



「館本くんだ、カッコいい」

「癒される!」



相変わらず、女子からの熱い視線を集めている。

慧は目を伏せて、教室の戸口に立っていた。

慧は社交的な性格だけど、その整いすぎた容姿のせいか気軽に話しかけにくい雰囲気をもっている。

そのせいか、クラスメイト以外の女子はいつも遠巻きに彼を見つめていることが多い。



「慧?
どうしたの?」

少し離れた場所から。

近づきながら声をかけると。



パッと慧が顔をあげて。

私を見て、フワッと微笑んだ。

そんな見慣れている筈の笑顔にさえ。

私の視線はいつも全て奪われる。

グッと教科書を抱えた手に力を込めて、平静を努める。



「結奈、三限、現国じゃないよな?」

そんな私の気持ちには気付く素振りもなく、慧は話しかけてくる。

「……うん、世界史……」

「助かったぁ、現国の便覧貸して」

「便覧?
わかった、取ってくる」

急いで教室内のロッカーから便覧を取り出して渡す。

「ハイ。
私、五限現国だからそれまでに返してね?」

「サンキュ。
昼に返すわ。
あ、結奈」



踵を返して、教室に戻ろうとする私を呼び止めて。

「手、出して」

教室のドアに手をかけて、少し屈み込む慧。

フワッと慧の香りが近くから香る。

ドキン、と心臓がひとつ大きな音をたてた。


「ハイ」

私の手首をゆるく掴んで慧は手の平に何かを乗せた。

「……え?」

「便覧の御礼」

「これ……!」



私の手の平に乗っているのは、十センチくらいの熊の人形だった。

可愛いピンク色のドレスを着た女の子だ。



「今朝コンビニのクジで当たったから。
俺とお揃い、な」

いたずらっ子みたいな表情を浮かべて。

同じ大きさの熊の人形をもう片方の手で見せる慧。

慧の人形は男の子でタキシードを着ている。

「……あ、ありがと……!」

「どういたしまして。
って俺が言うのもおかしいけど。
じゃ、後で」

ヒラヒラと手を振って慧は歩きだす。



お揃い……。



その響きが嬉しくて。

私はギュッと人形を抱きしめる。

何処に付けようか必死で考えを巡らせる。

掴まれた手首と頬が熱を持って。

嬉しさで身体が火照る。
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