彼と私の優先順位
何故かご機嫌に私を送り出してくれた千恵ちゃんに苦笑しながら私はエレベーターに乗り、不動産部に向かう。



不動産部は同じビル内の十階にある。

このビルはわが社の自社ビルで、一階、二階は私の勤務先である支店、上階は関連会社やグループ会社、食堂や喫茶室が入っている。



チン、と軽快な音をたてて、エレベーターは十階に着いた。

ホールを横切り、不動産部の扉を開けようとした時。



内側から扉が開いた。

「わっ……」

驚く私に。

扉を開けた人が、声をかけた。




「……結奈?」




頭上から聞こえる懐かしい、その低い声に。

私の身体は一瞬動きを止めて。

ソロソロと声の主を見上げる。




目の前に。

あの日から、一度も忘れることのなかった人がいた。




「……慧……」





自然に零れ出た名前。

……本人に向かって名前を呼ぶのは何年ぶりだろう。

変わらない綺麗な薄茶色の瞳を大きく見開いて。

……慧がそこにいた。



変わらず細身だけれど、あの頃よりもガッシリとした体格。

いつも私を捉えて離さなかった瞳を縁取る長い睫毛。

少年のようなあどけなさが残っていた輪郭は、すっかり大人の男性のものになったけれど。

スッと通った鼻筋、整った眉、長い指。

目を惹き付ける容姿は変わらず、圧倒的な存在感を示していた。
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