あの日から、ずっと……
しばらくすると、泰知が立花さんを連れて戻ってきた。

 部屋に入るなり、立花さんは一瞬強張った顔をしたが、すぐにいつもの余裕の笑顔に戻った。


「立花くん、何の事か予想はつきますよね……」

 上原主任が落ちついた口調で言った。


「さあ? 何の事かさっぱり……」

 立花さんは、余裕な態度で椅子に座り綺麗な足を組んだ。


「保科さんが、全て教えてくれましたよ」


「何を言ったか知らないけど、私には関係の無い事よね」

 立花さんは、冷たい目で、まるで脅すように保科さんを見た。

 保科さんは唇を噛み、一歩前に出ると……


「私は、立花さんに頼まれて、宇佐美さんに嘘を付きました!」


「はあ? あんた、そんないい加減な事を言っていいわけ?」


「しかも、専務に言ってクビにすると脅されました!」

 保科さんの、今までの姿とは別人のように、はっきりとした厳しい口調に、立花さんの表情が固くなった。


「あんたの言葉なんて誰も信じないわよ!」

 立花さんは勢いよく叫ぶと、城田課長の方をすがるように見たが……


「俺も、立花が宇佐美を脅しているところ見たぞ!」

 井口さんが、追い打ちをかけるように言った。


「うっ…… それが何よ! 何が悪いのよ? 私は専務の娘よ! あんた達の事なんて、どうにでも出来るんだから、後で頭下げたって遅いんだからね! 吉川主任だって、私を振ったらどうなるかぐらいは分かるでしょ?」

 立花さんの言葉に、私は青ざめた。

 泰知はどうなってしまうんだろう?


 すると、泰知は冷静な表情で立花さんの前に向かった。


「俺は、専務とシアトルに同行させてもらって仕事を学んだ。だから、専務を尊敬して、今も仕事をしている。専務に認めてもらえるよう責任を持ってやっている」


「だったら、なおさら……」

 立花は縋るように泰知を見上げた。


「まだ、わからない? 専務はそんな理不尽な人では無いよ…… 専務に恥じるような仕事を、ここにいる俺達はやってない……」

 泰知がじっと立花さんの目を見て言った。


「そうだよ…… 会社というのは、みんなで作り上げているんだから……」

 城田課長が、ドアを開けると、そこには専務が立っていた……

「あっ」

 皆は驚き声を上げた。


「そうだ…… これだけの会社が、俺の一言で、こんな優秀人材をクビに出来ると、おまえは本気で思っていたのか? 少し、悲しいな……」

 専務は悲しそうな表情で、私達に頭を下げた……


「パパ……」


「ここは職場だ、専務と呼びなさい」

 専務は厳しい目で立花さんを見た……


 立花さんは、目に涙を溜め会議室を飛び出して行ってしまった。


「本当に、迷惑かけて済まなかった」


 専務は深々と頭を下げた。

 私は、よく分からないが、専務という男は、凄い人のような気がした……


 専務は、保科さんの前に行き……


「嫌な思いをさせてしまい申し訳ない…… 君が真面目にミスのない仕事をしている事は聞いている。正直に話してくれて、ありがとう」


「いえ、私がもっと仕事の責任を考えるべきでした…… 申し訳ありません」


「これからも、頼むよ」

 専務は保科さんの肩を叩いた。


 そして、専務が私の前に立つと、緊張で体が固くなる……


「君が、宇佐美君か……」

「はい」

「色々済まなかったね…… 悪いのはモテすぎる吉川だがな……」


「専務、それは無いですよ……」

 泰知が切ない声を出し、皆の顔が緩んだ。


「シアトルの工場長が、宇佐美君の事をえらく気に入っておってな…… 仕事熱心で、世間話が楽しいから、シアトルに一度連れて来いってうるさくて…… 今度、一緒に行くかい?」

「はい、是非、お願いします」


「俺も、同行しますからね!」

 泰知が専務を睨むように言った。

「俺も。行きます!」

 井口さんが慌てて言った。


「お前は、本当に何処に居ても、目立つ奴だな……」

 専務が呆れ顔で井口さんに言った言葉に、皆が笑った。



 専務は、浅井先輩と上原主任に手をあげ、城田課長に目で何やら合図を送った。


 多分、さっきの城田課長の電話の相手は、専務であったのだろう……


 新入社員の私には、解らない事が沢山ある…… 


 仕事の厳しさや責任、信頼関係、これから学ばなければならい事が沢山ありそうだと、この部屋にいる人達を見て思った。


 きっと、専務を信頼している人達だから立花さんの言葉に流されずに、会社にとって正しい事が出来るのだろう……


 この人達のような社員になりたい……



 私は、保科さんの前に行くと、恐る恐る口を開いた……


「あの…… 今度から挨拶してもいいですか?」


「あっ…… ごめんなさい…… 今まで無視しちゃって……」


「あ― 良かったぁ」


 私がほっとして声を上げると、皆が声を出して笑った。
























 
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