ヒトツバタゴ
兄の彼女ではないことを確認すると私の正面に座り、ビールを私の紙コップに注ぎながら「今度飯行きましょう」と誘ってきた
橘の弟ということもあり角が立たないように断っていたけど、なかなかに執拗い
「和幸」
困っていた私の隣からいつぞやに聞いたことがある怒りの含まれた低い声が発せられた
その声の主をみて顔を顰める弟
「兄貴の彼女じゃないならいいだろ?」
そして肩を竦めて見せる
「さつきはお前が遊びで手を出していい女じゃない。他を当たれ」
橘の怒りを含む声音に一同がしんと静まる
気まずくなった空気を母の明るい声が壊す
「あらビールがもうなくなっちゃった〜!さつき、買ってきて」
とりあえずこの場から離れられることに安堵して「うん」と返事をして財布だけ持ってそそくさとその場を離れた
立ち並ぶ屋台から缶ビールを販売してるところを探し出し、冷えていたビールをビニール袋いっぱいに買い占めた
重い…またしても袋が指にくい込んでいる
フラフラと行き交う人混みの中を歩く
橘が私を守った言葉は弟からは守ったけれど、私には大きな傷があるのだと私に思い出させるのに充分だった
抉られた心が…胸の傷跡が…チクチクと痛み視界が滲む