ヒトツバタゴ


「じゃ、行きましょ」


とデスクの足元に置いてあった鞄から財布だけを持って席を立つとそれに倣ってデスクの引き出しから財布を取り出して吉倉さんも立ち上がる


「河本さんロッカー使ってないんですか?」


ロッカーを利用してる人は大抵貴重品だけ自分のデスクまで持っていく


「うん、ロッカールームに1つだけ荒れてるロッカーあるの知ってる?」


苦笑してエレベーターへ向かって歩きながら聞いてみる


扉なんて閉まらない程にボコボコなのだからきっと誰もが気付く



「あ、はい。すごくボコボコになってるロッカーがありますね」


「あれが私のロッカーなの」


当時を思い出すと今では笑えるけど、あの頃はショックが大きかったかな…


ロッカーの中にゴミ箱をひっくり返されてたり、鞄がボロボロになってたり…洗剤がまかれてた時は流石に困った



「え?」と顔を顰める吉倉さんに笑いながら当時の状況を説明すると「そんな…酷い」と今度は泣きそうな顔をした


「いいのよ、おかげで仕事が出来る女になって文句言わせないようにしようって思えたから」



むしろ感謝ね


今では営業事務の中では先輩社員を差し置いて一番正確で速く仕事ができると自信を持って言える





< 90 / 178 >

この作品をシェア

pagetop