君と会う時は
第一章 日常の風穴
 「では、皆さん、夏休みとはいえあまり気を緩めすぎずに、しっかり休養をとってください。本日の部活を終わります!」

 「ありがとうございました!」

 整然と並んだ生徒たちが、美花に向かって一斉に頭を下げた。

 今日は夏期休業中の部活練習日だった。美花は陸上部の顧問で、放課後はグラウンドに青春を捧げている生徒たちを見守り、指導し、共に汗を流している。

 八月の太陽が照りつける中でも、高校生たちは青春を全力で謳歌している。仲間と笑い合い、励まし合い、寄り添って更衣室に帰っていく後ろ姿は、美花にとってはどんな宝石よりも美しく見えた。

 (やっぱり、この仕事を選んで良かったんだ)

 美花は心からそう思っている。

 ただ、このまま仕事人間で、家庭を持たずに生きていく自分の姿を想像すると、やはり気分が沈んでくる。

 諦めようと思っても、結局諦めきれない。自然の成り行きに任せようと思っても、こればかりは自分でどうにかしなければ。

 気ばかり焦って何もないまま、29歳。来年は・・・・いよいよ節目の30歳だ。

 美花は、女子トークが響く更衣室の横を通り過ぎ、自嘲気味に笑んだ。

 小難しい理屈ばかり頭の中で考えながら婚活してきた。相手の男性を値踏みしたし、相手からは値踏みされた。
 
 相手の嫌な部分を見つけては、将来のことをあれこれ心配し、次のステップに結びつけずに終わらせてきた。

 だけど、自分の生徒たちのように、先のことを考えずに今の課題に全力で打ち込み、現実を受け入れて楽しむことが、本当は何より大事だったのではないだろうか。

 この年になっても、生徒たちから教わることの方が多いことに対する、自嘲だった。
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