プルースト
図書館の閉館のお知らせは赤とんぼの曲がオルゴールの音で流れる。
新聞を読んでいたおじいさんなんかや、子連れの主婦が立ち上がって帰り支度を始めている。見たところ、学生は私たちだけだ。
雨はまだ降り止まない。
「宮原さん、帰ろうか」
「はい」
「傘、持ってきた?」
「はい。本当は今朝忘れてしまって、友達に貸してもらったんです」
これを、と言って恒生から借りた紺色の折り畳み傘を掲げてみせる。
まだ薄桃色が張り付いていて、雨のせいで紺色がより深く映る。
「…宮原さんにはちょっと大きいんじゃない?」
先輩がひょいっと私の手から傘を取り、外に向かってぱっと開く。
ばさっという音と、跳ね返る雨粒の音。
やはり私にはすこし大きかっただろうか。
でも、鞄が濡れないのも有難いから。
「小さくて濡れるよりはいいだろうって、その人が」
あ、まただ。
また雨の、間。雨の音が空白を助長させる。
先輩は傘をじっと見て、
「そっか。貸してもらえてよかったね。当分降り止まないだろうし、濡れたら大変だ」
にこり、と笑って私に傘を返すと、
隣に立つ先輩もぱんっと小気味いい音を立てながら傘を開いた。
恒生の折り畳み傘よりも大きい…
行きとは違う、二人分の雨音が、
私と先輩の間のBGMだ。
雨の匂いに紛れて、先輩のラベンダーの匂いが微かにする。
雨の音はすきだと言うと、僕も雨は嫌いじゃないと先輩は笑った。