プルースト
先輩が走らせるシャープペンのかりかりという音と、私が本のページをめくる音。
室内空調機のぶーんと低く唸る音が調和してできあがる空気で
私の世界はひっそりと満たされている。
閉館時間になると、先輩が机の上のノートや文房具を片付け始めるのを合図に
私も本を鞄の中に戻す。
先輩の鞄の中は、ちらりと盗み見する限りではとても綺麗に整理されていて、
エナメルの大きい鞄に教科書やプリントをぐちゃぐちゃと詰めていく同じ学校の男子とは大違いだ、なんて思う。
先輩はゆっくり片付けて、本をしまう私を待ってから、一緒に図書館を出る。
たくさん話をする日もあるし、お互い無言で歩く日もある。
無言でも、そうじゃなくても先輩の纏う優しい雰囲気はいつも変わらないから。
だから私は先輩のことが。
「宮原さん、そういえば昨日から学校が始まったんだっけ?」
「そうなんです。二年生になりました」
学校始業の話なんて、覚えていてくれたんだ…
そういう会話の中の些細な発見だけで、胸がきゅっとする。
「二年生かぁ。たくさん遊べるのも二年生のうちだけだから、楽しんでね」
先輩が遠い空にふう、と息を吐き出す。
「はい。先輩も…受験とか頑張ってくださいね」
まっすぐに長い道に、ぼんやりと伸びる二つの影。
30センチほど開いた空間。
横に並んで歩いている時、先輩のことはちらっと盗み見するしかできない。
目が合ってしまったら呼吸が止まるかもしれないなんて、そんな馬鹿なことばかり考えてしまうから。
でも、先輩の笑った顔は…みたい。
ふっと先輩が笑ったのが揺れた空気でわかった。
「有難う。宮原さんに言われたら頑張れちゃうな」
ああ、先輩お願いだから、そんなこと言って
私の心を揺さぶらないで。