緋女 ~後編~
「………っ⁉」
俺は衝撃で言葉がでなかった。
彼女はあの日のことを覚えているのかいないのか、確かめるのが恐い。
俺があの日のことを考えない日はなかった。
あの時の俺は彼女に騙されたと思って、彼女の記憶を迷わず奪い去った。今ならそうではなかったとはっきり言えるのに、一時の感情に流された。
でも、あの時は彼女のことを違えるほど、それほど焦っていたんだ。
彼女にいらない感情を覚えたり、彼女の影が弱っていたり、俺がした首を絞めるような発作的な暴力と影の弱りが関係があるとしたら___。
そう思い始めたら、どうしようもなかった。
彼女が死んだら困る。俺のせいなんかで死んだら困る。
たぶんその一心だったんだ。
それが計画のための考えだったのか、俺の感情のためだったかと聞かれても、俺には答えられない。
でも、それがあの日の惨事を生んだ。
今でも彼女に言ってしまったことは一言も違わずに言うことが出来る。
彼女は俺が王子を大切に思っていると勘違いしていたようだった。だが、そんな事実はない。
むしろ真逆だ。
俺は蹴落とそうとしているんだ。あの気の弱い彼女が友達だと言う王子を。
それをあの日、俺は彼女に告白してしまったようなものだった。
もしも彼女が思い出しているのだったら、彼女は俺をどういう目で今見ているのか。
分からない。恐い。
でも___
「___レヴィア様と行った場所、ですね。分かりました」
もしそうなら、また記憶を消してしまえばいいじゃないか。
今度はもっと強く、簡単には解けないように。
一生、彼女が知らなくていいように。
もともと出かけようと決めた時から、今日この後の記憶を彼女に残しておくつもりはなかった。
今日のあと数時間だけ、彼女と好きに過ごすその時間は、俺だけの心にとどめておけば満足だ。
「行きましょうか」
俺は彼女の手を取った。
彼女がこの世界に来て眠りから覚め、俺と再会した日も確かそんな風だった。あの出かけた日もだ。たぶんこんな風に手を取って、俺は彼女を死色の桜の場所へと誘った。
でも、握った手はこんなに頼りなかっただろうか?
少し気を抜いたらどこかへ行ってしまいそうな手。どんなにこっちが強く握ってもその不安はぬぐえない。
「………放さないでくれよ」
俺の口からこぼれた呟きが彼女に届いてしまったのかは分からない。ただ飛ぶ瞬間、彼女がぎゅっと俺の手を手を握り返したような気がした。