明日、君を好きになる
…上手に嘘を付けただろうか。

そうでも言わないと、渚ちゃんのことだから、本当に探偵でも雇って、彼を探しかねないから。

…残念ながら、ホントは、全然平気なんかじゃなかった。

小野崎さんがいなくなって初めて気づいた。

毎朝、彼に会えていた時には、気づかなかったこと。

いつからか分からないけれど、私は、自分が思っていたよりも、ずっと彼を好きになってしまっていたらしい。

互いに気持ちが通じた(気がした)あの夜。

不意に掴まれた腕と、繋いだ手のひら。

金木犀の甘く優しい香り。

『好きだ』と言った、低い声。

熱の籠った眼差し。

抱きしめられた時の、胸の鼓動。

耳元でささやかれた、苦しそうな声音。

…私の唇に触れた指先。

そのすべてが、一つ一つ記憶に刻まれている。

どんな理由があるにしても、何も言わず、私の前から姿を消した小野崎さん。

あの時のあの別れ際、既にもう会わないつもりでいたのだろうか?

”返事は次に会った時に…”なんて、どういう気持ちで、そんなこと言ったの?

憤りと、もどかしさと、寂しさと、切なさと…いくつかの感情が入り混じり、結局行きつく先は、いつも同じになる。


”…会いたい”


あの朝の、ほんの短い時間が、自分にとってどれだけ大切な時間だったのか、今になって気づく。
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