明日、君を好きになる
日付も差出人の名前も、個人が特定できるものなど、どこにも書いていない。

それでも、これを書いた人物が、一人しか浮かばなかった。

ノート上の文字をなぞるように触れる手が、かすかに震えてしまう。

わずかな文面から、読み取れる感情。

その想いの深さに、胸の内側がキュッと締め付けられるように感じると、込み上がる切なさが目の奥を熱くする。

文字が滲むように揺れ、気づくとハラハラと溢れるものが抑えられない。

こんな風に、誰かを想って泣くなんて初めてで、自分でも驚いた。

待っていていいのかな?

小野崎さんも、同じ気持ちでいてくれているって…そう思っていていいの?

どうしょうもない切なさの中に、互いに同じ想いなのかもしれないという希望が、確信になって胸の中に広がる。

こんな”奇跡”って、あるのだろうか。

偶然にも、小野崎さんがバーを辞めた理由を知って、失意のどん底に叩きつけられ、彼を忘れなきゃと決意した日に、二人の思い出の場所で、彼のメッセージを見つけるなんて。

まるで運命に導かれるように…。


『あの…お客様?』


料理を運んできた若い店員が、泣いてる私にオロオロと動揺している。

こちらも、こんなところで泣くなんて思ってもいなかったので、羞恥に耐えながらも、『大丈夫です』と、笑顔で返す。

店員が立ち去ると、ふいに思い立ち、自分のカバンから、いつもカフェで使っているお気に入りのボールペンを取り出す。

もちろん、小野崎さんがもう一度このお店に来て、同じこの席に座るなんて、そんな偶然はもうないかもしれない。

それでも万が一、このノートをもう一度見ることがあったら…。

ありったけの想いを込めて、先ほどの文面の下に、メッセージを添える。

毎朝、彼に渡す伝票に記されている、ブルーのインク文字。

…きっと、私だと気づいてくれるよね?

ほんの少し悔しいから、明確な言葉など残さない。

まるで暗号のようなメッセージ。

でもきっと、必ず会いたくなるようなメッセージを、たった一言。


【その答えは、私の心の中に…。】


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