明日、君を好きになる
小野崎さんは、何故か神妙な面持ちで鉄柵にもう一歩前近づくと、柵の上に両腕をかけて軽く手のひらを組んだ。
『俺は君が思っているほど、完璧な大人の男じゃない』
予想外の言葉が、彼の口から零れ落ちた。
いつもの自信溢れる小野崎さんからは、想像もつかないセリフに少し驚きつつも、彼の言葉を聞き漏らさないようにと、自分も柵に近づき、小野崎さんの真横に立った。
『いつだったか、君の転職について問われて、意見を言ったことがあったね』
それは、8月のお盆終わりの日のことだろうか。
『あの時俺は、それらしいことを言ったけど、俺は君にそんな偉そうなことを言える人間じゃない。そもそも、前の仕事を辞めたのだって、やりたいことがあって…なんて、かっこつけたけど、実際は単に自分が驕っていただけだし』
『…驕《おご》る?』
柵の先に広がる、暗海の波を見ながら、静かに『ああ』とうなずく。
『前にも話したように、俺は最初に就いた仕事で、新人にしてはいい成績出して、期待されて、いい気になって…すっかり、思い上がっていた』
冷たい海風に吹かれながら、当時を思い出すように話す。
鮮やかな夜景を色濃く望めるほど空気は澄んでいる代わりに、公園内は暗く、すぐ隣に立つ小野崎さんの表情も、はっきりとは分からない。
『結局、辞めて数カ月で、その現実の厳しさを知った。最初のうちは前の仕事上で結んでいた人脈で、いくつか仕事をもらえたけど、強い後ろ盾もない26~7の若造に、仕事を任すようなデカい企業はない。気付けば、仕事はもっぱら小さな町工場のメンテナンス程度。貯金も底をつくし、なけなしのプライドから、実家の両親に泣きつきたくなかった俺を、見かねた先輩が誘ってくれて、夜だけバーテンの仕事を始めたんだ。…もちろん、あくまでも、軌道に乗ったらやめるつもりでね』
きっと、それは思い出したくない過去なのだろう。
少し辛そうに、でも淡々と話す小野崎さんに、相槌を打つことさえ憚られた。
…知らなかった。
若くしてフリーで仕事を持つなど、多少の苦難はあっただろうけれど、そんなにも大変な時期があったなんて思わなかった。
『俺は君が思っているほど、完璧な大人の男じゃない』
予想外の言葉が、彼の口から零れ落ちた。
いつもの自信溢れる小野崎さんからは、想像もつかないセリフに少し驚きつつも、彼の言葉を聞き漏らさないようにと、自分も柵に近づき、小野崎さんの真横に立った。
『いつだったか、君の転職について問われて、意見を言ったことがあったね』
それは、8月のお盆終わりの日のことだろうか。
『あの時俺は、それらしいことを言ったけど、俺は君にそんな偉そうなことを言える人間じゃない。そもそも、前の仕事を辞めたのだって、やりたいことがあって…なんて、かっこつけたけど、実際は単に自分が驕っていただけだし』
『…驕《おご》る?』
柵の先に広がる、暗海の波を見ながら、静かに『ああ』とうなずく。
『前にも話したように、俺は最初に就いた仕事で、新人にしてはいい成績出して、期待されて、いい気になって…すっかり、思い上がっていた』
冷たい海風に吹かれながら、当時を思い出すように話す。
鮮やかな夜景を色濃く望めるほど空気は澄んでいる代わりに、公園内は暗く、すぐ隣に立つ小野崎さんの表情も、はっきりとは分からない。
『結局、辞めて数カ月で、その現実の厳しさを知った。最初のうちは前の仕事上で結んでいた人脈で、いくつか仕事をもらえたけど、強い後ろ盾もない26~7の若造に、仕事を任すようなデカい企業はない。気付けば、仕事はもっぱら小さな町工場のメンテナンス程度。貯金も底をつくし、なけなしのプライドから、実家の両親に泣きつきたくなかった俺を、見かねた先輩が誘ってくれて、夜だけバーテンの仕事を始めたんだ。…もちろん、あくまでも、軌道に乗ったらやめるつもりでね』
きっと、それは思い出したくない過去なのだろう。
少し辛そうに、でも淡々と話す小野崎さんに、相槌を打つことさえ憚られた。
…知らなかった。
若くしてフリーで仕事を持つなど、多少の苦難はあっただろうけれど、そんなにも大変な時期があったなんて思わなかった。