明日、君を好きになる
『実は、君に初めて会ったのは、3月も終わり頃…ちょうど去年の今頃だったかな?』

3月と言えば、まだカフェに来てひと月程で、初めての接客に緊張の連続だった頃だ。

恭介さんを見ると、自宅用の眼鏡のフレームを軽く持ち上げる。

『本業の方で急ぎの仕事があってね、自宅じゃ集中力がかけてきたんで、ランチ食べがてらカフェに来て仕事をしてたんだ。その時、まだ慣れていない君に接客してもらったんだよ』
『私に?』
『うん、君はすごく緊張してるみたいで…そうだ、あの時確か、オーダーを3回は聞き間違えたな』

面白そうに『覚えてる?…わけないか』と聞かれ、思いっきり首をふる。

そもそも最初の頃は、オーダーの取り間違えなど、日に何回もやっていたので、どの時のことだかなど、覚えているはずもない。

『それは、すみません…でした』
『いや、慣れていないのだから仕方ないよ。俺もパソコンの画面を見ながら話していたからね、聞き取りずらかったのかもしれない』

過去の自分とはいえ、恥ずかししい。

恭介さんは窓の外に広がる空を眺めながら、その時を振り返る。

『当時の俺は、結構テンパってたからね。オーダーを間違えたこともだけど、とにかく君の手際や要領の悪さに、内心イライラしてた…だからエリが、頼んだのになかなか持ってこなかったコーヒーのお代わりを持ってきた時、一言、言ってやろうと思ってたんだ』

『何分待たせるんだ?ってね』と、今度は私の顔を見ながら、にっこり微笑む。

最も、そのセリフは、当時何度か実際にお客に言われたセリフで、耳が痛かった。

バツが悪くなり、自分仕様にミルクをたっぷり入れた紅茶に、口をつけた。

『ところが、コーヒーを淹れ終わった後、注意するために君を見上げたら、君はデカンタを持ったまま、全く違う方を見ている。それでますますイラっとして、俺が注意しようとすると、それよりも先に君が呑気に「…もう春ですねぇ」って。どうやら、君が見ていたのは、歩道に咲いた、満開の桜だったらしい』
< 181 / 185 >

この作品をシェア

pagetop