私の二人の神様へ
一瞬の不信
次の日、午前十時。
彼はいつも以上の仏頂面でアパートまで来た。
想定内だったから朝食に卵焼きを出したら、懐柔だな、と私を睨みつけたが、卵焼きの前にあっさり懐柔されてくれた。
昼時から私たちは各自の自由時間だ。
私は来年の就職活動に向けた勉強を夏頃から始めていた。
榊田君はそんな私に勉強を教えながら、本を読んでいる。
参考書の説明ではさっぱりなのを、榊田君はその解説を斜め読みしただけで理解し解説してくれる。
彼が専門の法学ならともかく、私の専門分野の経済学でこれだ。
頭の作りがまったく違う。
だが、予備校に通わなくて済むからありがたい。
本を読んでいる彼をちらりと見ると、いつもより一層難しそうな本を読んでいる。
何故なら、日本語ではない表紙だから。
「何?それ英語の本なんて珍しいね」
ペンを置いて覗き込むと、米粒みたいな文字の羅列に思わず眉間に皺をよせてしまう。
私は英語が苦手なのだ。
「ああ。ゼミのやつが貸してくれた。日本では販売されてないし、帰国子女に感謝だ」
帰国子女?
紗希さんは英国の帰国子女。
「もしかして、紗希さん?」
彼は本にしおりを挟み床に置いた。
「お前、小宮山のこと知ってんのか?」
苗字は知らない。
なんせ、彼女の芸名が下の名前だけだから。
「それは知ってるよ。モデルさんだもん」
「ふーん。そんなに有名なのか、あいつ」
彼は女性雑誌もテレビもあまり見ないから知らないのかもしれない。
「仲が良いみたいだね。本の貸し借りなんて小夜ちゃんだけかと思った」
「何なら、貸すぞ?水野も少女小説以外も読んだらどうだ?」
私の本棚に彼は目を向けた。
そう、私の本棚には乙女が読む小説が棚の一角を占めている。
もちろん、大半は教科書や参考書だが、自分で小難しい本を買ったことは一度たりともない。