冬の恋、夏の愛
仕事が終わると、まっすぐに帰宅した。いつもは、莉乃ちゃんが帰ってくるのを心待ちにしているけれど、今夜はなんとなく顔を合わせたくなかった。着替えると、ダラッとソファに座った。

「ただいま」

いつもと変わらない莉乃ちゃんを、黙って見ていた。

「ただいま」

黙って見ているオレに、もう一度、笑顔で言った。小さく「おかえり」と返事をすると、莉乃ちゃんが突然、オレに抱きついた。

なんだよ……。どうして今日に限って、抱きついてきたりするの? そう聞くこともできずに、小さなため息をもらすと、莉乃ちゃんは慌ててオレから離れた。

「メシにしよう」

ぶっきらぼうにつぶやき、ソファから立ち上がった。腹は減っていない。でも、なんだかイライラとした。

「バッティングしてくる」

莉乃ちゃんの前で、こんな態度はよくない。イライラはバッティングで解消しよう。そう思って、ひとり、出かけた。

冷静になろう。

いつものバッティングセンターで、いつものバッターボックスに入った。

莉乃ちゃんは『流星まつり』のときに、加茂さんとなんらかの形で知り合った。莉乃ちゃんの会社が、出展をしていたから、おそらくそのときだろう。

加茂さんが莉乃ちゃんを誘った……ということは、莉乃ちゃんに興味があるってことだろう。莉乃ちゃんは? 加茂さんに興味があるから、誘いにのった?

「そんなこと、あるはずない!」

どさくさに紛れてつぶやくと、おもいっきりバットを振り切った。球は、勢いよく飛ぶと、ホームランの的に当たった。


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