冬の恋、夏の愛
その日から莉乃ちゃんは、オレの左手が気になるのか、事あるごとに症状を聞き出そうとした。その度にオレは、なんだかんだと話をすりかえ、はぐらかした。

処方された痛み止めを、莉乃ちゃんには気づかれないようにこっそりと飲んだ。夜中に痛みで目が覚めることもあった。

痛みは永遠に続くわけではないし、いつか傷も癒える。でも、莉乃ちゃんと別れることになれば、もう二度と恋なんてできなくなる。

今は、がまんのときだ。ただひたすら、痛みと戦いながら練習をするだけ。すべては、流星サンダーズに勝つために。加茂さんを打ち崩すために。

自分に言い聞かせると、仕事を終えて、バッティングセンターに向かった。何球か打っていると、左手に響いて酷く痛んだ。

ふぅ、とため息をつくと、バッターボックスを出て、ベンチに座った。思い通りにいかない。ズキズキと痛む左手に視線を落とした。

今日は、帰ろう。無理をするのは良くないと諦め、バッティングセンターを後にした。

トボトボと歩く、帰り道。もうすぐ大事な試合だというのに、モチベーションが上がらない。誰のせいにもしたくないけれど、あの日、死球を受けたことが悔やまれた。

「……ただいま」

オレの声に反応した莉乃ちゃんが、ドタバタと走って出迎えてくれた。

「おかえり」

大豪邸に住んでいるわけでもないのに、そんなに走って迎えに来なくても……。つい、ふっ……と笑ってしまった。

「寿彦さん、どうしたん?」

驚いて、目を丸くする莉乃ちゃんが、愛しくてたまらない。右手でそっと引き寄せて、抱きしめた。

「ありがとう」

「……うん?」

落ち込んでいるときでも、莉乃ちゃんの笑顔を見ると、元気になれるよ。そんな思いを込めた言葉が、ポロリと口からこぼれた。

「……なんでもない。お腹すいた」

そうつぶやくと、ゆっくりと身体を離した。莉乃ちゃんは、不思議顔でオレをみつめていた。




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