冬の恋、夏の愛
もうすぐ七回裏が始まる。ピッチャーが投球練習を始めたのを合図に、椅子の下に置いてあったリュックの中をガサゴソと探った。

さりげなく、莉乃ちゃんの膝の上に紙袋を置いた。

「ナニコレ?」

「ラッキーセブンだから」

「ありがとう」

莉乃ちゃんの反応を見ることができないオレは、すぐにグラウンドに目をやった。

「寿彦さん」

莉乃ちゃんが呼んでいる。けれど、そのタイミングで七回裏が始まったから、聞こえなかったふりをした。

……正しくは、今、袋の中身を聞かれても、答える余裕がなかったから、聞こえなかったふりをした。

「寿彦さん、あの……」

「ん?」

返事だけは、した。

「この指輪……」

莉乃ちゃんがそう口にした瞬間、カキーンと快音が響いた。思わず立ち上がると、打球はバックスクリーンに直撃した。

「おー!」

青く染まった横浜スタジアムが揺れた。ぜんぜん知らない隣の席の人と、ハイタッチをして喜んだ。

そうなるともう、莉乃ちゃんのことは二の次になった。


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