メープル
上月は、深い緑色の1世代か2世代前の古いラパンの前で立ち止まり、
「こいつとも結構、長い付き合いなんだ。軽だけど4駆だし、ターボも入ってて、その上、駆動系にはタイミングベルトでなく、チェーンが使われているから、故障も少ない。よく走るし、気にいってるんだよ。」
などと言って、助手席側のドアを開けて、「どうぞ、お嬢さん!」といった。さくらは、グリルのところのウサギのマークが可愛いな!って思った。そのそばには、LAPINと書いてあった。そういえばLapin(ラパン)ってフランス語でウサギのことだったっけ?と思ったりしながら、乗り込んだ。上月は、ガチャって音を立ててドアを閉めてから、運転席側に戻り、キーボタンを押した。「きゅるるるー」とスターターのセルモーターの回る音がし、エンジンに火が入った。
「よし、いこうぜ、相棒!」
っという上月の陽気な声で車は六甲山のほうを目指して出発した。
「どこを目指しているの?」
「とりあえず、摩耶山かな」
「わー、聞いたことはもちろんあるけど、行くのは初めてです。」
「期待していいよ。ここは、日本3大夜景の一つだからね!」
さくらにも、もちろんその知識はあるのだが、実際に行ったことはなかった。函館と長崎には家族で旅行した時に行ったことはあったのだが、神戸は近すぎて返って、観光にいこうと父が思ってくれなかったのだ。
掬星台がその場所なのだが、そこは星が掬える程の高みにあるってことで、この名前になっているらしい。「少し手前で、ラパンを降りて、10分ほど歩くことになる」と上月は言って、ダッシュボードから携帯用の懐中電灯を取り出してから、車外へでた。時刻は、ちょうど日も落ちきり、夜景を観るにはぴったりだった。助手席側のドアを開けつつ、足元を懐中電灯で照らしながら、上月は自然にさくらの手を取った。そして、
「足元に気を付けてね。」
と言った。掬星台までの小道は、街灯もなく、真っ暗だ。懐中電灯で前を照らしながら、
「こっちだよ」
上月が手を引き、ゆっくりと歩いていく。さくらは、手を惹かれつつ、神戸の夜景に思いを致していた。不思議に全く、不安は感じなかった。10分ほどで目的地に到着した。
「わー、すっごいですねー。大阪の方まで見えるんですね。あれは、何?関空??」
「関西空港だね、ご名答!和田岬の向かい側の人工的な島が六甲アイランド」
「綺麗ねー、すごい。ありがとう、上月さん。」
「お礼など、とんでもないよ。一緒に来れてうれしいのは俺のほうですよ。」
しばらく、二人はあっちこっち指さし、あーだこーだと神戸の夜景を楽しんだ。街はキラキラときれいで、まさに宝石箱をひっくり返したようだった。その上、関空上空近辺には、チカチカ光を放ちながら飛行機が飛びっかっていたし、港湾の中では、いろいろな船が、やはりいろいろな光を発してあっちこっちと行き来しており、見飽きない夜景だった。
「少し、冷えてきたかな?寒くないかい?」
「大丈夫です。」
「ん?よかった。寒かったら言ってね。薄手だけど、カーディガンくらいは用意してきたから」
「ありがとう。上月さん、本当に優しいのね」
「いや、そうでもない。さくらちゃんは特別なんだ。そう初めて見た時から、なんだかほっとけない感じっていうか、違うかな?どういえばいいんかな……。君が好きなんだ。そう、さくらちゃんがとても好きです。」
突然、上月が告白してきた。さくらは
「ありがとう。でも、あたしでいいの?本当に面白くないよ、あたし。上月さん、変な人だけど、頼りにはなるから。」
と返答した。想定の範囲内の告白だったけど、やっぱりうれしかった。
「その、『上月さん』って呼び方、ここまでにしてくれるとうれしいな。これからはユウジでいいよ。」
「あははは、なんか照れるね。ユウジ…さん。」
「さくら、って俺も言うから、ね」
と言いながら、上月は、さくらを右手で優しく抱き寄せた。彼の顔が目の前に来た。こんなときでもさくらは、これは今日の想定の少し右斜め上だな、と冷静に自分で自分を観察していた。が、流れに逆らわないことにして、目をつぶった。上月が、
「さくら、好きだよ」
って言いながら、唇を重ねてきた。二人のシルエットはしばらく一つになって、神戸の街の夜景に溶け込むように留まってみえた。雨上がりの夜空に、薄翠色のジンライムを流したような上弦の月の光が二人を祝福するかのように包み込んでいた。
帰りの車の中で、上月は
「さくら、ありがとう。本当に大切にするね」
と言った。さくらは、
「ユウジさん、安心できるから。なんでだろ?こういう気持ちって、あんまりなったことないのよ、あたし。ちょっと、自分でもびっくりしてたりするの」
「それでもいい。今日から、始めるんだから」
「そうね、ありがとう。」
しばらく黙って車を走らせる。上月は、「今日は少し、遅くなったから」といって、芦屋の自宅まで送ってくれた。「三宮まででいいよ」と言ってみたが、「その顔で電車に乗るのか?」とからかってきた。あ、っとなったが、精一杯冷静を装い、「じゃあ、送らせてやるから、良きに計らえ!」と、言い返してやった。が、その顔は真っ赤だった。
自宅の一区画手前で、「ここから歩くから」というさくらをおろして、もう一度、軽くキスしようとする上月。「バカなの?」と言いながら、避けようとしたが、「大丈夫!」と言われて、口を軽く塞がれてしまった。ごつい体で、力だけはあるんだから、こいつは。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。もう、バカなんだから」
「大丈夫だよ、見つかったって、ちゃんと説明する」
「説明って、何をどうするのよ。変なこと言わないでよ。」
「大丈夫。また、連絡するよ。」
何がどう大丈夫なのよ、賢いはずなのにバカだわこの人やっぱり、と思ったが、上月はさくらの髪を少し、なでつつ、
「さくらと知り合えて、本当によかった。お前、最高に可愛いな」
などと言ってくる。
「もう行くから、じゃあ、ホントに、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ」
さくらは自宅を目指して歩きだした。上月が、さくらが門扉の中に消えるまで、車の運転席からその後姿を眺めていたのがわかった。さくらは、ドアを開けて「ただいま」とうちに入り、「今日は、ごはん食べてきたー」と言って、自室で部屋着に着替えた。その後、お風呂で湯舟に浸かりながら、「本当に変な奴。でも、なんか温かい人ね。とりあえず、今日から始めよう、か」などととりとめもなく考え続けていた。
「こいつとも結構、長い付き合いなんだ。軽だけど4駆だし、ターボも入ってて、その上、駆動系にはタイミングベルトでなく、チェーンが使われているから、故障も少ない。よく走るし、気にいってるんだよ。」
などと言って、助手席側のドアを開けて、「どうぞ、お嬢さん!」といった。さくらは、グリルのところのウサギのマークが可愛いな!って思った。そのそばには、LAPINと書いてあった。そういえばLapin(ラパン)ってフランス語でウサギのことだったっけ?と思ったりしながら、乗り込んだ。上月は、ガチャって音を立ててドアを閉めてから、運転席側に戻り、キーボタンを押した。「きゅるるるー」とスターターのセルモーターの回る音がし、エンジンに火が入った。
「よし、いこうぜ、相棒!」
っという上月の陽気な声で車は六甲山のほうを目指して出発した。
「どこを目指しているの?」
「とりあえず、摩耶山かな」
「わー、聞いたことはもちろんあるけど、行くのは初めてです。」
「期待していいよ。ここは、日本3大夜景の一つだからね!」
さくらにも、もちろんその知識はあるのだが、実際に行ったことはなかった。函館と長崎には家族で旅行した時に行ったことはあったのだが、神戸は近すぎて返って、観光にいこうと父が思ってくれなかったのだ。
掬星台がその場所なのだが、そこは星が掬える程の高みにあるってことで、この名前になっているらしい。「少し手前で、ラパンを降りて、10分ほど歩くことになる」と上月は言って、ダッシュボードから携帯用の懐中電灯を取り出してから、車外へでた。時刻は、ちょうど日も落ちきり、夜景を観るにはぴったりだった。助手席側のドアを開けつつ、足元を懐中電灯で照らしながら、上月は自然にさくらの手を取った。そして、
「足元に気を付けてね。」
と言った。掬星台までの小道は、街灯もなく、真っ暗だ。懐中電灯で前を照らしながら、
「こっちだよ」
上月が手を引き、ゆっくりと歩いていく。さくらは、手を惹かれつつ、神戸の夜景に思いを致していた。不思議に全く、不安は感じなかった。10分ほどで目的地に到着した。
「わー、すっごいですねー。大阪の方まで見えるんですね。あれは、何?関空??」
「関西空港だね、ご名答!和田岬の向かい側の人工的な島が六甲アイランド」
「綺麗ねー、すごい。ありがとう、上月さん。」
「お礼など、とんでもないよ。一緒に来れてうれしいのは俺のほうですよ。」
しばらく、二人はあっちこっち指さし、あーだこーだと神戸の夜景を楽しんだ。街はキラキラときれいで、まさに宝石箱をひっくり返したようだった。その上、関空上空近辺には、チカチカ光を放ちながら飛行機が飛びっかっていたし、港湾の中では、いろいろな船が、やはりいろいろな光を発してあっちこっちと行き来しており、見飽きない夜景だった。
「少し、冷えてきたかな?寒くないかい?」
「大丈夫です。」
「ん?よかった。寒かったら言ってね。薄手だけど、カーディガンくらいは用意してきたから」
「ありがとう。上月さん、本当に優しいのね」
「いや、そうでもない。さくらちゃんは特別なんだ。そう初めて見た時から、なんだかほっとけない感じっていうか、違うかな?どういえばいいんかな……。君が好きなんだ。そう、さくらちゃんがとても好きです。」
突然、上月が告白してきた。さくらは
「ありがとう。でも、あたしでいいの?本当に面白くないよ、あたし。上月さん、変な人だけど、頼りにはなるから。」
と返答した。想定の範囲内の告白だったけど、やっぱりうれしかった。
「その、『上月さん』って呼び方、ここまでにしてくれるとうれしいな。これからはユウジでいいよ。」
「あははは、なんか照れるね。ユウジ…さん。」
「さくら、って俺も言うから、ね」
と言いながら、上月は、さくらを右手で優しく抱き寄せた。彼の顔が目の前に来た。こんなときでもさくらは、これは今日の想定の少し右斜め上だな、と冷静に自分で自分を観察していた。が、流れに逆らわないことにして、目をつぶった。上月が、
「さくら、好きだよ」
って言いながら、唇を重ねてきた。二人のシルエットはしばらく一つになって、神戸の街の夜景に溶け込むように留まってみえた。雨上がりの夜空に、薄翠色のジンライムを流したような上弦の月の光が二人を祝福するかのように包み込んでいた。
帰りの車の中で、上月は
「さくら、ありがとう。本当に大切にするね」
と言った。さくらは、
「ユウジさん、安心できるから。なんでだろ?こういう気持ちって、あんまりなったことないのよ、あたし。ちょっと、自分でもびっくりしてたりするの」
「それでもいい。今日から、始めるんだから」
「そうね、ありがとう。」
しばらく黙って車を走らせる。上月は、「今日は少し、遅くなったから」といって、芦屋の自宅まで送ってくれた。「三宮まででいいよ」と言ってみたが、「その顔で電車に乗るのか?」とからかってきた。あ、っとなったが、精一杯冷静を装い、「じゃあ、送らせてやるから、良きに計らえ!」と、言い返してやった。が、その顔は真っ赤だった。
自宅の一区画手前で、「ここから歩くから」というさくらをおろして、もう一度、軽くキスしようとする上月。「バカなの?」と言いながら、避けようとしたが、「大丈夫!」と言われて、口を軽く塞がれてしまった。ごつい体で、力だけはあるんだから、こいつは。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。もう、バカなんだから」
「大丈夫だよ、見つかったって、ちゃんと説明する」
「説明って、何をどうするのよ。変なこと言わないでよ。」
「大丈夫。また、連絡するよ。」
何がどう大丈夫なのよ、賢いはずなのにバカだわこの人やっぱり、と思ったが、上月はさくらの髪を少し、なでつつ、
「さくらと知り合えて、本当によかった。お前、最高に可愛いな」
などと言ってくる。
「もう行くから、じゃあ、ホントに、おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ」
さくらは自宅を目指して歩きだした。上月が、さくらが門扉の中に消えるまで、車の運転席からその後姿を眺めていたのがわかった。さくらは、ドアを開けて「ただいま」とうちに入り、「今日は、ごはん食べてきたー」と言って、自室で部屋着に着替えた。その後、お風呂で湯舟に浸かりながら、「本当に変な奴。でも、なんか温かい人ね。とりあえず、今日から始めよう、か」などととりとめもなく考え続けていた。