冷たい雨の降る夜だから
「タバコは?」

「吸わない」

「お酒は?」

「飲まないわけじゃないみたい。でも、車で送ってくれるからあんまり一緒には飲まないかな」

「小麦粉、160g」

 私の答えには何のリアクションもなく、いつの間にやら私の前におかれていたのは、はかりとボウル。計れという事だと察してボウルを計りに乗せて小麦粉160gを測る。

「いいね。タバコもお酒も殆ど無しって。歳いくつ?年上だよね?」

 昨日見られているから隠す意味は無いのは判っていても、12歳と言う年齢差年は何となく気後れしてしまって藍に聞き返してみる。

「藍の彼氏は?」

「あたしの彼氏? 3つ上の美容師だよ。お酒好きでさー、毎日飲んでんだよね。砂糖、80g」

 私のほうをちらりと見た後、藍は言いよどむことなくスラスラ答えてくれた。そして砂糖の袋を棚から出して、ボウルと一緒に私の前におく。次いで、藍はハンドミキサーで卵を泡立て始めていた。

「で?」

「はい?」

「彼氏さん、おいくつ? 結構上みたいだったけど、そんな言いたくない程上なの?」

 言いたくないほど上かと言われると、そんな風にとらえられるのも嫌で渋々と口を開く。

「12歳、上」

「12? ってことは、んーと……35?」

 卵を泡立てていた手を止めた藍は「あのさ、お姉」と声を潜めて、言いにくそうな表情でダイニングテーブルの向こう側から乗り出してきた。

「な、なに?」

「あたし、昨日かるーく、泊まりに行けばなんて言っちゃったけど…… 実は不倫だったりする?」

「ち、ちがうよ!? 何言い出すのさ!!」

 不倫と言う言葉に思わず声が大きくなった私に、藍がほっとしたように息をつく。

「あー、よかった~。ドキッとしたじゃん。やっと出来た彼氏が妻子持ちだったらどうしようかと思った」

 さらっと恐ろしいことを言った後、藍はまたスマホを見ながらケーキ作りを再開した。
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