冷たい雨の降る夜だから
アイノコトバ
 ノックもなしに私の部屋のドアを開けた藍は、私を一目見るなり思いっきり顔をしかめた。

「お姉そのカッコで出かける気?」

「え、ダメなの?」

 問い返した私は仕事に行くときと大差ない格好で、私としては特に何も問題なかった

「ありえない。ちょっと来て」

 ため息をついた藍に引きずられて、私はすぐ隣の藍の部屋に連れてこられた。時々藍に用事があって入ることはあっても、滞在することは久しくなかった藍の部屋。私の部屋とは鏡合わせの間取りのはずなのに、置いてあるものが全く違うせいで完全に別の空間になっていた。

 窓辺に置かれている小さな飾り棚にディスプレイするように置かれている可愛い香水の小瓶。私だったらつけるのを躊躇ってしまうヴィヴィットな色のマニキュア。大粒のラインストーンで飾られている姿見。壁に貼られたポストカード。

 藍の趣味を感じる部屋の中、一角だけ棚の上に所狭しと積み上げられているぬいぐるみだけがちょっと藍の趣味とは違う気がした。

「あのぬいぐるみ、全部ゲーセン?」

「そうなの。取るのは好きだけど、自分は要らないからって全部くれるんだけど……」

 いい加減置き場所に困る。昨夜も漏らしていたそんな愚痴をこぼしながら藍はクローゼットから服を出してきた。

「あとでぬいぐるみ半分あげる。ってか引き取って。それよりお姉、服貸したげるから着替えて着替えて」

「え、いいよ。藍の服、私似合わないし……」

「その恰好のがありえないから。いいから着がえるの」

 私の意志を完全に無視して藍に押し付けられたのは、グレーのオフタートルのニットワンピとボルドーのカラータイツ。膝より少し上位の丈に受け取ったものの着替える手が止まる。

「スカートは嫌なんだけど」

「そうなの? じゃ、下は今のデニムのままでもいいよ。着替えたらこっち来てね」

 こっちと指すのは藍のミニドレッサーの椅子。流石にもう抵抗しても無駄なのだと判って、ため息交じりにシャツのボタンをはずしてニットワンピに袖を通す。ドレッサーに写る私は、どこか服とその他がちぐはぐでやっぱり似合わないじゃない、とそっと心の中で毒付いた。
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