冷たい雨の降る夜だから
「つい楽しくなっちゃって。もう、しないと思うけど」

 先生は苦笑いして、頭のてっぺんにあるお団子を避けて私の頭を軽く撫でる。

「こないだも言ったけど、服くらい好きにしろよ」

「それはそうなんだけど」

 先生の言ってくれることも、藍が言ってくれることも、その通りなんだとは判っている。それでも、この5年間地味な子を頑張って貫き通してた私には、当たり前のようなそんな事のハードルがそれはもうそびえ立つように高いのだ。

「で、お前今日はどこに帰るんだ?」

 そう言って私を見る先生のまなざしは、少し意地悪っぽい。どこに帰るって聞かれると、泊まる事が確定みたいなそんな響きがあって返答に詰まる。泊まるのは初めてではないけれど、この間泊まったのは藍が勝手に泊まりに行けば? と言った結果の産物であって、私から泊めてと言ったわけでも、先生から泊まって行けと言われたわけでもない。

 それじゃぁ、今は……? 今は、先生はどう思ってる……?

 つい2時間ほど前に先生を電話で呼び出したばかりで、明日は日曜日。更に今日はバレンタインで、藍と買い物をしながら先生にプレゼントも買った。思う事は、今日はもっと一緒に居たい。それだけだった。

「……先生の部屋に、帰ってもいい?」

「いいよ、おいで」

 そういった先生は、口元に笑みを浮かべて続けた。

「まぁ今日は、やだっつっても連れて帰るつもりだったけど」

 だったらわざわざ聞かないでよ。凄く考えて返事をしたのに、と思ったけれど「連れて帰る」というその響きに今日は送り帰してくれる気が無い事に気がついて、頬が一気に熱くなった。
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